「た、橘さんって……」
「柚葉」
すこし前まで上司だった男をいきなり名前で呼ぶのはハードルが高いだろう。やんわりと咎めれば、目を白黒させている女の子が、慌てて「遼雅さん」と呼びなおしてくれた。
「緊張していますか?」
こういう場合には間違いなく男が聞かれそうな言葉を投げかけて、柚葉がゆっくりと頷くのを見た。
何でも話せる仲のいい家族に違いない。いきなり出てきた男を家族に紹介するのは罪悪感があるのだろうか。
「大丈夫」
どうだったとしても、もう手放すつもりはない。
頬に指先で触れて、きめ細やかな皮膚を薄く撫でる。そのくすぐったさに目を細めた柚葉に笑って、もう一つ声をあげた。
「俺に任せて。柚葉さんは、隣に座っていてください」
「す、わるだけ、ですか」
「そう」
「でも、私も、何か言ったほうが……」
あくまでも俺のために何かをしようとしている。
柚葉の基本姿勢は、流されているようで、実はどんな無理難題にも応えようとする積極性がある。だから俺に捕まってしまったのだが。
「じゃあ、一つ、お願いがあります」
「はい、何でしょうか?」


