はにかんだような笑みが見える。
ただそれだけで手が伸びそうになるから、俺はおかしくなり始めているのだろう。
いきなり上司、それも役員に迫られたらどう思うだろうか。しかも一応婚約相手のようなものがいる身だ。
どう考えてもおかしい。
たまらなく愛でたくなるような可愛らしさがある。
ふいに浮かんで、かき消した。
それが何なのか、ただしく把握しようとするのをやめていた。
おそらく、感覚的に理解できていたからだろう。
これ以上近づくと、理性が保てなくなる、と。
わかっていたくせに、勝手にこちらの都合に引き込んでしまった。大澤との時間を捻出するよりも仕事を片付けることを先行していた。
さらに言うと、秘書と行動しているときのほうが気分が安らぐ。あまりよろしくない感情だと理解して殺していたとしても、どこかで気づかれてしまうのだろうか。
「どろぼうねこ」
恐ろしく冷たい声で佐藤柚葉を殴った女性の姿で、目が覚めた。
倒れかけた小さな体を抱き込んで、甘い匂いにひどく安堵した自分に吃驚していた気がする。
泣き叫ぶ女性も無視してタクシーに乗り込んだ。抱きしめ続けていた佐藤柚葉は、身体が冷たい。
指先を手繰り寄せて握り合わせたら、あまりの冷たさで胸が壊れかけた。
どうしてもなくしたくないと思ったあれは、ただしく執着だったのだろう。


