ずっと聞いていたいけれど、会長がどれだけ多忙な人なのかは知っているから、こちらからスマートに席を立つことが秘書課における暗黙の了解だ。


「ん、もう時間かあ。佐藤さん」

「はい?」

「橘くんには良い返事をいただいたんだがね」

「ええ」

「うちは福利厚生をしっかり充実させているほうだ」

「はい、存じております」

「長らく仕事を空けても、ばっちり元の職務に就ける」

「はい、とてもよい制度だと思っております。青木さんも、それでお休み中ですし」

「うむ。そうなんだ。……ときに佐藤さん」

「はい? どうされました?」


おじいさんはいつも突拍子がない。

そのうえ、こうだと思ったら他の意見が聴こえなくなってしまうから注意が必要だ。


「わしは子どもが好きでね」


雲行きのあやしさに、いきなり背筋が伸びてしまった。まさか、会長にその手の話をされるとは思ってもいない。


「橘くんに、そろそろかわいい子どもの顔が見たいと言ったら、今すぐにでもと言っておったわ」


にっこりと笑って、ウインクをされてしまった。

遼雅さんも会長相手では、さすがにはぐらかすこともできなかっただろう。目に浮かんで苦笑をひっこめた。

頬があつい。

遼雅さんと一緒にいるからか、すぐに顔に出るようになってしまった。私の表情を見る会長が、すこしだけ目をまるくして、すぐに柔らかな笑顔に戻る。


「ほっほ、佐藤さん……。いや、橘さんもそんな顔をするんだね」

「え?」

「きみ、本当にしあわせそうだ」


満足そうな笑みに触れて、あいまいに笑っている。

誰の目に見ても明白なくらい、浮かれた顔をしてしまっているのだろう。

壮亮なら「その顔やめろ、ブス」と言ってくれる気がする。