あきらかに上ずった声だ。
私と目を合わせた遼雅さんが、すこしだけ目をやさしくして、渡部長の声に表情を消した。ぞっとするくらいにうつくしい顔立ちは、いっそ冷酷にも見えるのだと初めて知った。
「私が聞きたいのは弁明ではありません。厳重注意の内容を、忘れたのかと聞きました。あなたはこのフロアに足を踏み入れることを一切禁じられている。もう忘れましたか」
「ああ、うっかり、したかな……、いや、何か誤解があったようだから、直接話をしに来ただけです」
「そうですか。まず彼女から離れていただきたいですね。給湯室から出てください」
「いやだな、すこし教育していただけですよ」
白々しい笑い声にも眉ひとつ動かさない。遼雅さんの態度に、脂汗をかいた男が引きつった笑みを浮かべてこちらを見る。
「なあ、佐藤さんからも言ってくれ。すこし勘違いをしているだけだ、橘専務に教えてやってくれないか」
ぎょろりと目が動いて、息が詰まった。あきらかに挙動がおかしい。距離を取ることもできずに胸の前で守るように両手を握り合わせている。
「もう二度と、彼女にその顔を見せないでいただきたいと言っているのが、理解できませんか」
「痛っ……!」
恐ろしくて瞼を瞑った瞬間に、呻くような声が鳴る。
胸に響いて、おそるおそる顔をあげた。その先に、毎日見る人の大きな背中が見える。
「あ……」
ついさっきまで遼雅さんが立っていた給湯室の入り口で、渡部長が尻餅をついている。あの一瞬で何が起きたのか理解できず、ただ呆然としてしまった。


