「大切に、しているつもりです。はい……、今ですか? はい、ですから社内に……」
「周りに人ですか? はい、この間お話した秘書が同行していますが」
ちらりと振り返った人が私に気づいて片手をあげた。
「いえ、彼女は……」
困り果てた声をあげて、次には「もしもし?」と何度か繰り返して、途切れてしまったらしい携帯を見つめている。
かなりのわけありらしい。
それも、私が関わっているような雰囲気だった。首を傾げれば、軽く息を吐いた人が「帰りましょう」と声をかけてきた。
「はい……、大丈夫ですか?」
「え? ああ、申し訳ない。聞こえていましたよね」
「いえ、何かもめているご様子だったことくらいしか」
橘専務があまり進んで会いたくないと考えている相手が電話の先にいたのだろうか。詮索するのもよくないと思いつつ、横に並んで歩き出した専務に倣う。
「……婚約相手です。私がいろいろとふがいないばかりに、さみしい思いをさせてしまっていまして」
そんな相手がいたのか。
吃驚してしまった。橘専務と言えば、夜遅くまで残っていることが多い人だ。仕事に心血を注いでいることも知っている。だからなおさら驚いてしまった。
さみしい思いをさせていると言うのは確かにそうなのかもしれない。私も、さみしいは苦手だ。
「ここのところは、あまり会ってすらいなくて」
それは確かに、相手が怒ってしまうかもしれない。
「――部屋に付けたカメラで、私が帰ってきていないと、どこに行っていたのか聞いてくるようになってしまったんです。もちろん私もできる限りで答え……」
「え?」


