七月の終わり。中干しを終えた青々と潤う田んぼのあぜ道を、僕は押される様にひた走っていた。


 風が土の匂いを運び、まだ登りきらない陽の光が、稲穂の隙間から揺れる水面をきらきらと輝かせる。


 空を見上げるとまるで生きるように雲が湧きだし、今日も暑くなるぞと僕はその足を速めるのだ。


 大粒の汗が砂に残す青春の証は、夏の日差しに照らされ数える間もなく消えていく……


  やがてたどり着いたかやぶき屋根の小さな家。その縁側に座る彼女は、朝の陽ざしに目を閉じる。


 夏希はいつもそうだ。晴れの日も雨の日も、桜舞う春も青葉茂る夏の日も、毎朝彼女はそこにいた。


 安らかに眠る様に、ただ静かに……。何をしているのかと聞いたこともあったが、彼女は何もしていないと答えるだけ。


 きっとこれからも。紅葉散る秋も雪積もる冬も、彼女はそこで枯山水の様に佇んでいるのだろう。


「——あらぁ登吾くんいらっしゃい。毎日ありがとうねぇ」


 瞬間、我ここに返る。馴染み深い老婆の声が、僕をそこへと引き戻すのだ。


 実を言うとその人の本名は知らない。ただ出雲のおばあちゃんで、全てが通じてしまうからである。


「あっ登吾くん! おはよう、今日もよろしくね!」

「……えっ? お、おはよう!」


  太陽の様に笑う夏希のおはようを聞いた時、僕はふと不安になった。


 さっきまでの僕は、多分いや絶対彼女に見とれていた。恐らくエサを待つ鯉の様に、口をパクパクしながらだ。


 そんな姿を彼女に見られては、もう二度と車いす係など出来る気がしない。それこそ池に飛び込みたくなる程だ。