そして翌日。ススキが揺れる稲荷坂、その急勾配の峰を目指して僕は夏希の車いすを押していた。


 夏の光に燃えるような朱の鳥居はすっかりと色褪せ、道の脇にポツリと咲く小さな秋桜の白い花が、あの夏が届かぬところに去ったと告げている。


 毎日のように二人で上ったこの坂を、夏希はただ静かに、どこか遠い目で、僕に背中を押されるだけである。


やがてたどり着いたイチョウの木の下で、彼女は小さく口を動かしこう嘆いた。


「なんか、寂しいね……」


  その彼女の言葉を、僕は理解できなかった。


 そこから見下ろす雲母村は、土と黄金の色に染まる。地に並ぶ実りの象徴、それが僕の見た世界。


 だが彼女はそれには目もくれず、ただ空を見つめるのだ。ただ永遠と広がるいわし雲の群れを……