順応——それは全ての生物が持つ生存への執念だ。


 遺伝子に積み重ねられた本能。それは生きとし生ける者を阻む世界の頂ですら乗り越え、もはや永遠と続く深淵すらも開拓しようとしていた。


 高度7904メートル、最終キャンプ地サウスコルに立ってなお僕の心臓は強く鼓動を響かせる。


 ここは生物が生き残れる限界点。そこから見上げるエベレストの峰は、正に神が住む領域なのだ。


  人は簡単に死なない、死ねない。


 たとえ砂漠に放り投げられようが、南極に漂着しようが、そこに生まれる生存への欲求が人間をそこへと順応させる。


 人は簡単には死なない、だからこそ死を乗り越えられない。


 人の心はその体と比べると酷く脆く、そこに空いた穴が塞がることもないのだ。


 それは氷河に潜むヒドゥンクレバスの様に上辺だけは滑らかで、けどその下は酷く空虚で……。


 心は順応しない。失ったその人に変わる物など、この世には存在しないのだから。