晩夏の八月。一万メートルよりも高い対流圏と成層圏の狭間で、僕はただ静かにそれを見つめていた。


 霊峰エベレスト、何よりも神聖なる世界の頂。


 雲海の隙間から覗かれるそれは遥かに雄大で荘厳で、僕の求めるものはそこにあるだろうかと、不安と希望が荒波の様に押し寄せては引いていく。


 未だ十年、飛行機の窓にはめられた合計24mm程度のアクリル板が、僕と彼女を隔て続けているのだ。


 月よりも深くマリアナ海溝よりも高い、永遠の24mm境界線。


 目の前にそびえ立つそれのふもとを歩き続け、気が付けば世界の果てへと足を運んでいた。


 一月後、僕はエベレストに登る。峰雲となった君に会うために。


 幾千もの重みを持つ雪壁を踏みしめ、万里とも思える断崖を乗り越えた先で君を待つ。最も天に近い場所で僕は……


  だから夏希、どうか君も僕のもとへと——