私には大きい耳が生えてる。ねずみの耳。
私の手足は人間そのもので、耳を隠すために白くて長いくせ毛を足首まで蓄えていた。
私は森に一人で暮らしており、冬に向けて年末ジャンボ買ったりコタツの布団を干したりしていた。今日は嫌な予感がする。
街の方から警官の格好をした青年がやってきた。手には武器。私は相手の位置を把握しようと耳を立ててしまった。
私が耳を立てたことで相手が私の居場所に気付いてしまった。私は咄嗟にしゃがみこむ。
にじりにじりと彼の足音が近づく。私の目の前が暗くなり彼の靴が視界いっぱいに映り込む。
「おい化け物」
武器でぐいと私の頭をつつく。
「なんですか」
「近隣住民から苦情が入っている。森の中で暮らすのはやめろ」
「化け物なのにマンション貸してもらえるんですか」
「俺の家に来ればいいだろ、路上生活者はこの町だとお前だけなんだよ、みんな不安に思うんだ、わかるだろ」
想像してなかった事柄がトントン拍子に提案され焦る。起き上がり彼の瞳を覗き込む。とても嘘をついてるように思えない。私は彼の手を握った。
彼の家に着いた。ちゃぶ台と敷布団のみのなんにもない部屋。私の住んでた森の方が趣がある。
玄関を入ろうと思った際止められて先に警官が入る。
「俺汚いのは嫌なんだよ」
警官は頬にかかった髪を掴んで切り取った。不意をつかれたためすぐに把握出来なかった。どさりと玄関に白い束が落ちる。
「一緒に住むのならゴミがなるべく出ない外見を維持してもらう」
顎から下の部分を粗めにハサミを入れられて切り離される。足が見えなくなるぐらい私の髪が沢山重なり合う。髪の上に髪が落ちる乾いた摩擦音がハサミ以外に聞こえるこの部屋の音。
私は自分の姿が見えないため不安になった。私は髪を今まで切った経験がない。首筋が妙に涼しく感じて手のひらで温めた。
「これ・・・どうしよう」
私のねずみの耳を掴んでる。私は人間の耳の位置にかかった髪をめくり、そこに耳が存在していることを見せたが、頭の上の耳だって血管が通い体温があるためどうにかするものじゃないと説明した。
「じゃあこれの周り自分で処理して」
ぽんと手渡されたのはバリカン。私は自分のねずみみの周りをバリカンを走らせ綺麗に削ぎ落とした。頭全体が寒い。耳に怪我がなく良かった。
身体中の毛をはたき、着ていた服を捨て部屋にやっとこ入った。私は警官にがっかりされたが同じ性別のようで、髪が長く目が赤い、朱色のほほに細身の体から女だと思われていたようだ。風呂に入り鏡で見る自分の変わり果てた姿は本で読んだゴブリンという生き物に近いように感じた。ねずみみは周りに髪が無い分より一層俊敏に動き、周りの音が拾えるようになった。
私は町で人並みに暮らそうとしてたころ以来の部屋への入室で鼻が熱くなる。
風呂場のドアが開き裸の警官が入ってくる。
「しっぽは無いんだな」
私の頭にシャンプーを垂らし向かい合った位置で頭をゆっくり掻き回される。こんなに近くで人間を見たのは何時ぶりだろう。視線に困る。
坊主だからか泡があまり立たず散り散りになって空気に消えていく。
森の浮浪者で、化け物で、不潔な私がここで暮らすことで消えていくのは自分の軌跡に消しゴムを掛けたような寂しさがあったが、頭を走る指の感覚が心地よく警官の目の前で目を閉じた。