「ふわああ」
なんとか眠気に耐えながら1時間目の授業を過ごした。私は日焼け予防のために年中セーターを着ている。7月にセーターを着ているのはこのクラスでは私くらいだろう、暑くて眠くなる。
そのとき、大人びた声が私を呼んだ。
「陽菜、悪いっ。数学の教科書貸して」
「春が借りに来るなんて珍しいねー」
私に教科書を借りに来たのは隣のクラスの春。去年委員会が同じで、帰りに春が声をかけてくれたことがきっかけで仲良くなった。
「あ、川上また菜々と話してる」
彼女の視線の先には__彼女の片思いの相手、川上君がいた。私は1年生のときから春が川上君のことが好きなのを知っていて応援している。1度席が隣になったので話してみたことがあるが、面白くて、優しくて、いい人だった。そして菜々という女の子も川上君のことが好きらしい。
「でも春もすごいよね、菜々ちゃんが川上君のこと好きなの分かったときに宣戦布告しちゃうなんて」
「だって取られたくなかったんだもの」
胸あたりまである黒髪が光に反射してつやつやと輝く。
春はやっぱりすごい。私にはきっとそんなことできない。クラスが違っても、ライバルがいても、ずっとまっすぐに彼を思い続けている。菜々への嫉妬に燃える春の隣で、私は彼女にひそかに尊敬の気持ちと憧れを抱いていた。恋愛なんて小学生のとき以来していない。
「恋、すれば、今の、このつまらない、日常も、少しは、マシに、なるのかな…」
「ん?陽菜なんか言った?」
「なんでもないよ」
そのとき、春の後ろに何かが突進してきた。
「春じゃん!どしたのー」
「おー由美」
2人が戯れているのを横目に、私は教室に戻った。