欲しいものも食べたいものも言わないのは、ワガママを言ったことがないからだ。甘やかされることなく育ったのだと思うと、つらく苦しい。

「今の母親は未来さんのことを、ずっと疎ましく思っていたようです。実子である弟さんのことをたいそう可愛がり、愛情をすべて注いできたようですね」

「そうだな」

 しかし継母はともかく、父親である樋口社長は娘を見て胸を痛めることはなかったのだろうか。実の娘だというのに……。

 未来の気持ちを思うといつの間にか手に力が入り、書類に皺ができていた。

「専務と一緒になることで、少しでも未来さんに幸せを感じていただけるといいですね」

「……あぁ」

 未来の生い立ちを知り、俺の手で彼女を幸せにしたいと強く思う。

 それと同時にはっきりと自覚した。未来のことが好きなのだと。決して事情を知り、同情したからではない。ともに過ごした時間の中で彼女のことを見て知り、そして守ってやりたいと思う。これほど強く惹かれる相手は初めてだ。昔の苦い思い出を忘れるほどに。

「竹山、四月までの仕事の状況をまとめてくれないか?」

「四月までのですか?」

「そうだ。式を挙げるのは四月だ。できる限り準備は彼女としたい。一生に一度のことだしな」

 任せっきりにしたくない。……なにより俺は未来のことが好きだ。好きな以上、決してこれは愛のない政略結婚ではない。