「……彼、少し有名な画家なんです。駆け出しですけど、今度個展も決まってて。だから、腕は絶対に失くしちゃいけなかったんです。私の夢はもうなくなってしまったし、片腕がなくても、義手をつければ出来る仕事だと思ってるので。でも、彼は違う。繊細な絵を描く人だから、義手では感覚もちがうと思んです……きっと苦しんでしまうから」
 「………篝さんだって苦しい、ですよね?」
 

 文月は気づくとそんな事を口にしていた。
 そんな事を聞くつもりはなかったのに、どうしても声が出てしまったのだ。


 「そうですね。でも、あの人が苦しんでいるよりいいかなって思えるんです。………私の好きな人だから。ずっと片想いなんですけどね」


 苦笑して、少し恥ずかしそうにしている姫白だけれど、その表情は少女のように可愛らしかった。
 その表情を見ていると、何故か祖母の面影と重なった。きっとおばあちゃんも、姫白と同じように満足げに笑い、苦痛を引き取ったのだろう。
 文月には、普通の生活を。
 そして、姫白の恋する相手には普段通りの生活を過ごせるように、と。

 けれど、どうしても思ってしまうのだ。
 「どうして助けられた人がどう思うか」を考えてくれないのだろうか。

 もちろん、彼女にそんな事を言えるはずもなく、文月は桜門といつもの桜並木へ戻ったのだった。



 いろいろな事を考えてしまい、周囲散漫になってしまったからだろうか。姫白の病室のドアが少し開いていた事にも、3人の話を聞いて居た者が居た事にも気づけなかった。