もう呼ばれるはずがないと思っていた声で自分の名前を呼ばれたのが、微かに耳に入った。
 聞き間違えるはずなどない。
 初芽の声だった。


 彼女が呼んでいる。
 死人になった理由は彼女を守る事。元気に、幸せになった姿を見るためなのだ。





 海里はすぐに彼女の元へと向かった。
 屋敷から離れていると思われた桜並木だが、海里が「初芽の所へ行く」と決めると、桜の花びらが体を包み、視界を遮った後、気づくと彼女の屋敷に到着していたのだ。身代わりの仕事を引き受けた代わりに、そんな特権があるのだなと驚いた。

 身代わりの力は、しっかりと成功したのだろうか。初芽の病気はなくなったのだろうか。
 はやる気持ちを抑える事も出来ずに、屋敷に急いで入る。
 途中で女中とぶつかりそうになったが、女中は海里に気付くことなく突っ込んでくる。が、ぶつからずに海里に体をすり抜けていった。ありえない現象に、海里は唖然としてしまう。が、それが人間ではなく死人になったという事だと実感できた瞬間だった。
 けれど、ショックを受けている暇などない。海里は、歯を噛みしめて気持ちを堪え、初芽の部屋へと向かった。