「俺が生きているより、初芽に生きてほしい」


 それは心の底から湧き出てきた願いだった。
 初芽との約束がなければ、初芽がいなければ、海里にとってこの世界は生きる意味などないものだった。仕事だって初芽が喜んでくれるから、褒めてくれるから。だから、始めた事だった。
 お金なんて生きるために必要なだけだ。生きていれば初芽に会えるから生きているだけだった。

 温かい言葉と綺麗な笑顔。
 それに包まれる幸せを知ってしまったら、昔の生活など死んだも同然なのだ。
 光も色も希望もない。

 そんな命をただ茫然と生き、いつかは野垂れ死ぬだけならば、自分が死んだほうがいい。
 どうして、神様は自分を殺さずに初芽を殺してしまうのか。


 それに、彼女はまともに屋敷の世界を見た事がないのだろう。
 春の花の香りを運ぶ、少し浮足立ってしまう心地いい風も、夏に入る川の冷たさに驚いたり、秋のイモ堀りの方法も、冬に寒い中焚火をしながら星空を見上げる澄んだ気持ちになる事も。何もかも彼女は知らない。自分はもう十分すぎるほどに体感してきた。苦しくて、悲しくて、つまらないと思っていた世界にも、小さな幸せ事が愛おしいこどに大切だということを知る事が出来た。
 それだけで、もう十分だった。