「な、何かありましたか?」
 「お仕事中に申し訳ございません。昨夜からお嬢様の体調がすぐれず、今はお医者様に見てもらっておりますが、本日の夕飯は申し訳ございませんが、また後日にお願いします」
 「そんな事………。それより、初芽は!?」
 「お医者様は、今日が峠かもしれないと………」
 「そんなっ………!今すぐ行かなきゃっ………
!」


 初芽が危険だと知って、居てもたってもいられなかった。持っていたこしきを投げ捨てて、雪道を走ろうとした。


 「お待ちください」
 「っ!」
 「今はお医者様がおいでです。絶対安静で初芽様にはお会いできないのです」
 「そんな………」
 「お仕事が終わったころにおいでください」
 「………わかりました」



 納得出来なかったが、屋敷に向かっても初芽に会うことは出来ないのならば、今の海里には仕事をこなす事しか出来ない。
 帰っていく女中の後ろ姿を悔しさを堪えながら見つめた。


 子どもである自分は無力だと思い知らされる。
 医者のように初芽を助ける知能もない。
 温かい部屋で栄養のある食事をとる事ができるようにするお金もない。
 
 彼女のために出来る事は話す事だけ。
 だが、初芽のために何も役に立ててなどいない。
 初芽との約束を守るために今すぐにこの季節を春にして桜を見せる事も出来ないのだから。