30話「ありがとう」




 あと半年。
 いつか屋敷の外を出て、2人で遊びに行きたい。
 自分が働いている姿を初芽に見て貰いたい。そうすれば彼女は喜んでくれるんじゃないか。自分を褒めてくれるのではないか。そんな未来を想像してしまっていた。
 それなのに、春が過ぎ、梅雨頃には彼女はいなくなってしまう。
 それが海里には容易に想像がついたのだ。同じだ、両親がいなくなった時と。

 流行り病で、目の前でどんどん弱っていく姿を海里をよく覚えている。
 そのように初芽の徐々に体が細く小さくなり、歩けなくなり、感情もあらわさなくなる。
 それが、信じられない。いや、信じたくないのだ。


 「っ………!!………」
 「……………。大切な存在がいなくなるのは悲しいすぎる事だな」



 それ以上つらい言葉を聞きたくない海里はその場から立ち去った。
 その背中に男性は小さく声を掛けた。けれど、それは自分に言葉を掛けているようでもあった。