「もしよかったら、このご飯食べてくださる?私は食欲がなくて」
 「…………いいのか?」
 「ええ!食べ残しがあると父上に怒られてしまうから」



 布団の傍に置いてあった座布団に海里を座らせ、女は目の前に盆を置いた。その上には、白米や具沢山の味噌汁、焼き魚や煮物、甘い黒豆などが置いてあった。見たこともない立派な食器に色とりどりの食材が並んでいる。
 ごくりッと唾を飲み込む。空腹の限界がきているのだ。



 「全部食べてから返せって言んじゃねーぞ」
 「ふふふ。言わないわ。食べてもらいたいんだから」
 「………」



 箸なんて使った事がない。それを2本重ねて持つと、かき込みながら白米を口に入れる。
 口の中いっぱいにうまみを感じ、喉を通した瞬間に、我慢していた食欲が爆発した。
 次々の口の中に入れる。焦って食べる様子に女は驚いていたが、その後、目を細めて微笑んだ。そして、戸棚から菓子を取り出し「これもよかったら食べて。私はあまり食べれないから」と目の前に置いた。それもあっという間に食べ終わる。
 こんなにも腹いっぱいに食べた事など記憶にない。そして、料理されたものもだ。
 初めての感覚に戸惑いつつも、満たされた気持ちになり、海里は笑みがこぼれた。それと共に涙もこぼれそうになる。


 あぁ、これが人間が食べる飯なのだ。
 生の野菜でも、ごみを漁って食べるわけでもない。料理された食べ物。
 幸せと切なさが一気に込み上げてくる。

 けれど、初対面の相手の前、しかも女の前で泣くわけにはいかない、鼻をすするふりをしながら、涙を堪えた。


 「また時々遊びに来てくれない?また手伝ってくれると助かるわ」
 「…………」
 「私は、初芽(はつめ)。あなたは?」
 「………海里」
 「海里。これからよろしくね。今度は食事しながらあなたのお話を聞かせて」



 にっこりと笑う初芽の笑顔は、花のように可憐で、「かわいいな」と自然に思えた。
 海里と初芽の長い関係はここからスタートしたのだった。