「はい……私がここに来るついでに他の方のも預かりました」

「そうですか。次は本人が必ず自分の分を持ってくるように伝えてください。今の申請書も、その方本人のハンコすらない。申請する本人がこの場にいなければ注意もできません」

「はい……すみません……」

その通りなので謝るしかない。
そもそも、私だって同僚の書類まで届ける義務はないのに預かってくるのは、市川さんと少しでも長く話すためだ。

「事業部の皆様にもそのように周知していただきたいです」

「はい……」

ああ、王子が怒ってる……顔が怖い、気がする。なにせ表情を変えないのはいつものことだから。でも声の感じで分かるのだ。

「失礼しました……」

市川さんの顔を見ることができずに背を向け、間違えた書類を経理課に渡すとフロアを後にする。

マンガの王子は笑顔が素敵だけど、市川さんは全然笑わない。
総務課に行くまではウキウキするのに、クールな市川さんに会うと緊張で委縮してしまう。笑ったらきっと王子とそっくりで、私はその場で叫んでしまいそうなのに。

帰りの電車でスマートフォンを凝視する。
異世界で生まれ変わった私は敵国の奴隷にされかける。そんな私を王子様は救い出そうとする。そんなシーンをもう一度マンガアプリで読み返す。

読み始めた当初からフルカラーの綺麗な絵柄とストーリーに心を奪われていき、特に推せると思ったのは主人公が転生したキャラクターが住む国の王子様。
マンガでもリアルに近い絵柄のせいか、一度顔が市川さんに似ていると思ってしまうともう本人としか見れなくなる。
ふとした時に口許に手を当てる仕草が余計に被って見えた。