あたしはまだ恋なんてしたことないし。
 ドラマで恋に傷つくお姉さんたちを見ても、母さんみたいには泣けない。
 ダイヤモンドとガラス。
 同じようにキレイだって、こすれば傷つくのは弱いほう、だよね?
 あたしだったら男のほうを泣かせてやるわ。

「ふん」
 鼻息あらく足をつっこむのが入学式以来のローファーってあたり。
 あたしの人生は、いつ、恋に華やぐんだろう。
 靴にあわせた本日の服装は、茶のアーガイルカーディガンと白シャツ。黒のチノパン。
「ふられ役のフラグが立った、おぼっちゃまかよ……」
 それもこれも、お気に入りのスニーカーが……。
「――あたしのスニーカぁぁぁぁ」
 いったいどこに消えちゃったんだ。
 ため息とともに門を開けると、そのスニーカーが宙に浮かんでいた。
 藤島(ふじしま)をつれて。
「な、な、な」
 あんまりびっくりして、なにやってんのよ…が、言葉にならない。
 門柱に背中で寄りかかっていた藤島は、あたしに気がつくと、ムッツリふくれた顔で、手にしていたスニーカーをあたしに向かって振ってみせた。
「昨日はどうやって帰ってきたんだよ」
 余計なお世話でしょぉぉぉ。
 だいたいなんで、あんたがそれを持ってるのよ。怒ってるのよ。
 怒っていいのはあたしだ。
「おまえ、絶対困ってると思って……。おれ、これ持って、追いかけてやったのに。あっという間に見えなくなっちゃって。どんだけ足、速いのよ」
「…………っ」
 信じられない、なんてこと。
 走り去る背中を植えこみの影からあっかんべーで見送って。
 くつ箱までもどったらスニーカーがなくて。
 そのおかげで……、そのおかげで、あたしはなぁ、教員玄関から、こそこそと来賓(らいひん)スリッパを拝借してくるハメになったんだ!
 駅前の100均で買ったシャワーサンダル代を返せ。
 お風呂場でこっそりスリッパを洗うはめになった、あの悲しい時間も利子をつけて返
 ばかスケがぁ――っ!