「いまのうちに、ちょっといい思いさせてくれよ」
 なんだってぇ?

 お互いの胸の間にはさまっていた両手で、力いっぱい慎吾(しんご)の胸を押す。
 やっとの思いで慎吾の肩から(ほほ)を離したとたん。
(んんん…っっ)
 なんの許しもなく、待っていたみたいに慎吾の(くちびる)が、あたしの唇のうえに落ちてきた。
(マジぃぃぃぃぃぃ!?)

「し…ん、ごっ!」
「ひゃははは」
 子どもみたいな笑い声をあげて慎吾が走りだす。
 モザイクタイルの上に転がっていたボールを()りながら、長い影をつれた慎吾のシルエットは、あっという間に公園を横切った。
「待ちなさいっ!」
 命令しているのに止まらない人影が、植えこみにつきあたると高く上げたボールをヘディングで受けて。
 ヒョイっと植えこみのセメント丸太の上に飛び乗る。
「ごっそさぁーん」
 声でこっちを見ているとわかる逆光のシルエットが、月明かりのなかにかざした手。
 地面にビシっと決まった影法師のⅤサインに、あたしがどれだけ笑ったか……。


 慎吾が植えこみをかきわけていなくなったあとも、あたしはしばらくひとりで笑っていた。
 心はもう、ひとりになっても思い出に負けない。
 だって、ひとりでも笑っていられる、新しい思い出ができたこの公園で、学校で、あたしたちはまたいつだって、正々堂々と会えるんだから。

 昨日までと同じだけど、どこかがちがう、新しいあたしたちで。