俺はどうにかこうにか学校にたどり着いた。
自転車置き場に行くゆとりもなく、その場に乗り捨てた。


胸がバクバク膝はガタガタしてた。
何をどうやったら良いのかさえ解らない。
此処に辿り着くだけで精一杯だったのだ。


「みずほ何処だー!?」

何処で落ちたのか……何処から落ちたのかさえも解らない。


とりあえず歩き出そうとしたら、石に躓いて両手を着く。
何時もなら何でもない動作の一つ一つが狂ってる。
気が付くと這いつくばっていた。




 必死だった。みずほの死が信じられずに……がむしゃらに突っ走って来た。
心身共に疲れ果てて、それでも必死にみずほを求めていた。
他のことなど考える余裕もなかった。
頭の全てが……心の全てが……みずほで埋め尽くされていた。




 警察車両があった。
やはり、何かが事件が起きたことは確かのようだった。
状況を知りたくて、それに近付いた。


その車の窓ガラス写る俺の顔。
それを見てハッとした。
俺は今まで泣いていなかったのだ。
悲しいのに……
苦しいのに……




 その場所には立ち入り禁止の黄色のテープが張り巡らせてあり、周りには報道陣も居た。


(みずほは生きている。そう言ってくれー!!)

俺はそれだけを祈った。


そんな期待したのも束の間。
皆、口々に《自殺》と言い出した。
《岩城みずほさんが飛び降り自殺した》と――。




 (違う違う! そんなの有り得ない! みずほが何で死ななきゃならないんだ。この間のテストだって、クラスで一番だったのに……)

みずほの死が現実化する中で信じられずに俺は立ち尽くしていた。


信じられなかった!
俺を置いて……
みずほが逝く筈がない!!
そう思っていた。




 「瑞穂(みずほ)君……」

意気消沈している俺に声を掛けてきた人がいた。
みずほの母親・岩城静江(しずえ)だった。

学校からの呼び出しで駆け付けてきたらしいけど、此処では一番会いたくない人だった。
みずほの死を認めろと言われているようなものだったから。


「みずほが……みずほが自殺だなんて……。衝動的だから、遺書もないそうなの。だから、何が何だか判らない……」

余りのショックで気が動転しているのか、為す術もなく呆然としていた。


それは俺も同じだった。
一体何が起きているのかさえ知らされないまま……
呆然と聞き流していたんだ、大切な言葉を。




 目の前で横たわるみずほは靴を履いていた。


(一体何があった!? 遺書も無いなんて……)
俺はやっとさっきの岩城静江の言葉を理解した。


(その上、靴も履いたままで……えっ!! 靴を履いたまま!? やっぱり!!)

俺は静止を無視してみずほに取りすがった。


「違う! 自殺なんかじゃない!」
俺の言葉が虚しく響く。


「みんな良く見てくれよ! 靴を履いたままで自殺なんか有り得ないだろう!?」

俺はみずほ傍に崩れ落ちた。


俺はその時、何かの気配を感じて屋上を見上げた。
屋上の柵に手を掛けて、クラスメートがみずほを見ていた。


(彼処から墜ちたのか?)

そのとてつもない高さ……
俺はみずほのあじわった恐怖を肌で感じて、総毛立った。


でもその時俺は違和感をクラスメートに覚えた。
其処に居た数名の口角が上がっていたのだ。




 (自殺の原因は? そうだ、ちゃんと調べて遣らないとみずほが浮かばれない)

マジでそう思った。
探偵として……イヤ、恋人として。
原因を追求しなければいけないと思ったんだ。


俺がサッカーの交流戦のために学校に居ないことを知りながら……
それでも俺を頼ったみずほ。『助けてー!!』と叫んだ声が……耳の奥に残ってる。


俺は何も出来なかった!
恋人を守りたかったのに!




 その時。
体が反応した。
そっと後ろを見ると、ぼんやりとした白い影の女性が見える。
その人は草むらを指差していた。


俺は霊感体質だった。
だから其処に何かがあることは解っていた。
だから、必死になって其処を探した。


(みずほ。此処に一体何がある? 解っているよ、あの影は君なんだろ?)

俺はみずほの遺体を見つめながら、手は導かれる方向へ指し伸ばしていた。


そして……
やっと見つけた。
みずほの大事にしていた化粧用コンパクトが俺を呼んでいた。




 それは俺からの誕生日プレゼントだった。
叔父さんの仕事を手伝ったお礼と言うか、初給料で買った物だった。


『瑞穂のためにうーんと可愛い女性になるね』みずほはそう言ってくれた。
でもみずほはそれで化粧をする訳でもなく、鏡の代わりに使用してくれていた。
そして……鏡に写る俺に向かってウインクをした。
俺だけに解る鏡越し……俺達は本当にラブラブだった。




 校則では化粧は禁止。
でも殆ど帰りにメイクしてから遊んだいた。

だから贈ったんだ。
でもみずほは、口紅もつけなかった。
せいぜいほんのり香るリップクリーム位だった。


俺の唇にもほんのり香るリップクリーム。
みずほの移り香……
俺はそれを隠そうとして、唇を噛み締めた。




 みずほの落ちていた近くの植え込みの中にあったコンパクト。
それが何を意味するのか?
それは死ぬ間際までみずほが見ていたと言うことだ。


俺はそのコンパクトを開けて愕然とした。
化粧パフの上の鏡面に、赤い口紅で《死ね》と書いてあった。


(やっぱり……自殺なんかじゃない!)

俺はもう一度、屋上を見上げた。
其処に集まっているクラスメートを見るために……




 (いや自殺か!? もしかしたら虐めによる……)

あいつらの平然とした顔を見てそう思った。


(何かがあったんだ)

でもそれが何なのかが解らない。
俺の直感では、自殺とは考えられなかったのだ。
ただ、それを信じたいだくなのかも知れないけど。




 俺には昔から虫の知らせと言われる物と出くわしていた。
所謂。直感、やま感、第六感だった。
そう……それに霊感。
だから、このコンパクトだって見つけ出すことが出来たのだった。


俺はこっそり、コンパクトをポケットに隠した。


《死ね》それから感じるものは完全たる悪意だった。

俺はただみずほの名誉を守りたかったのだ。


俺がヤキモキを焼く位、誰にでも優しかったみずほ。

彼女に恨みを抱いている人が居る。
その事実を、知られなくなかった。


奇しくも叔父さんと同じ傷みを背負わされた俺。


(叔父さんと同じように生きて行くのか? みずほー!! 教えてくれー!!)




 俺は携帯のメールが気になった。
みずほからのSOSの直後に来た、自殺と断定していたメールが……


(何で解ったんだ? 飛び降りたからか? でも……それにしては早かった)


俺はそのメールとコンパクトに《死ね》と書いたのは同一人物ではないのかと思った。


確たる証拠がある訳ではないが、俺の直感がそう判断した。


叔父さんの探偵事務所のアルバイトの時だって、幾度もそれで難を逃れてきた。

だから、確かだと思った。


もう一度メールを確かめてみる。


――岩城みずほが学校の屋上から飛び降り自殺したらしいよ――

その文面は、俺の記憶と変わらなかった。




 みずほの遺体が両親の手によって運ばれて行く。
遺体をこれ以上傷付けたくなくて、解剖を断ったのだ。


両親の気持ちは痛い程解る。
それでも俺は、乗り捨ててい自転車で必死に追いかけた。


みずほの体を切り刻むなんて俺だってイヤだよ。
でもこのままではいけないと思ったんだ。
みずほの死が自殺だと信じられずに……
そのまま葬り去ることなど出来るはずがなかったのだ。


(ごめんみずほ!! 俺は最低な奴だな)

ペダルを必死に踏みながら、みずほに誤っていた。




 「おじさん、おばさん……辛いけど……解剖……してもらおうよ」

俺の発言に、驚いたように振り向く二人。


「靴を……履いたまま……自殺だなんて……俺……絶対に違うと思う!」

必死に走って来たお陰で息も絶え絶えになった俺を見て、やっと解剖をすることに同意をしてくれた。


でも、みずほの身体を切り刻まないことが条件だった。


(それが可能なら、どんなにか救われるだろう)

俺は両親の賢明な判断に頭が下がる思いだった。


(ありがとう……おじさん、おばさん。本当は……俺だって辛いよ!! 辛過ぎるよーー!!!!!!)




 俺の発した一言のために、みずほが病院へと運ばれて行く。
いくらみずほの恋人だと言っても、赤の他人の俺が口出し出来るはずもないのに。


でも両親は優しかった。


『助けてー!!』
の、最期の言葉を聞いた俺を慰めようとしてくれた。


そう……
そのことがあったから、両親はみずほを警察に任せることにしたのだった。