松尾有美が継母と先生を結婚させるために転校していく。
俺は有美を誤解していたのだろうか?
でも本音は別のところにあるのではと勘繰った。
きっとそれは恋人と付き合うためだったのだ。
俺の先輩のサッカー部のエースだ。
この学校にいれば、みんなの反感をかう。
又命を狙われるかも知れない。
それを身をもって体験したからだ。
有美は、強かに生きる道を選んだのだった。
でも有美は本気で彼を愛していたんだ。
確かに軽いとこもある。
でも有美は有美なりに精一杯生きてきたんだ。
そしてこれからも……
『松尾が襲われた日に婚姻届けを提出した』
先生は俺だけに話してくれた。
『磐城に一緒に居る所を見られたからな。その言い訳だ』
『でも先生、結局浮気じゃなかったんだよね?』
本当はラブホの件を持ち出そうかとも考えていた。
でも俺が何故彼処に居たのかを聞かれそうな気がして言い出すことは止めにした。
痛くもない腹を探られたるのがオチだと思ったからだった。
『何言ってるんだ。浮気なんかしてないよ。あれは話し合いだった』
俺の質問に頷きながらも、その行為は否定した。
有美の継母の名誉のためだと俺は感じた。
それほどまでに愛していたんだ。
そう思った。
『ま、そう言うことにしておこうかな?』
俺は先生をおちょくっていた。
でも俺も浮かれてばかりいられない。
だってもしかしたら先生は、俺の正体に気付いたかも知れないんだから。
高校生でありながら、叔父さんの探偵事務所でアルバイトをしていることに……
でもまさか、女装まではバレていないとは思っているけどね。
そして俺も……
転校を考えていた。
橋本翔太は、事件の真相を知らない。
自分が言った一言が、みずほを殺したことを知らない。
でも俺……
言ってしまいそうなんだ。
俺がレギュラーになれなかった訳を……
本当は悔しくて悔しくて仕方ないんだ。
だって俺……
サッカーが大好きだから。
レギュラーになって、ハットトリックを決める。
それが俺の夢だったから。
でも、橋本翔太も努力して来たんだ。
同じ街で育ち、同じFCで出会い、同じ夢を見てきた。
リフティング大会で技を競い合ったこともある。
互いに負けず嫌いで、本当に良いライバルだった。
そんな奴を苦しめたくないんだ。
俺達は厨房のくせに、レベルは高校級だと言われていた。
それはお互い切磋琢磨して築き上げた結果。
だからこそ大事にしたいんだ。
俺って甘ちゃんかな?
だって俺達はスポーツ少年団に所属していた頃から、それぞれがその小学校のエースだったのだから。
俺は結局、何も出来ないままでいた。
そんなある日。
先生と松尾有美の継母との結婚式が身内だけで執り行われることになった。
離婚なら法律上六ヶ月待たなければならない。
でも幸い、先生の恋人は籍に入っていなかった。
だからすぐに結婚出来たのだった。
ジューンブライド。
女性なら誰でも憧れる、六月の花嫁だ。
有美の元継母は純白のウエディングドレスだった。
それは純潔の証しだった。
俺はこの時、先生の言う通りあのラブホで何もなかったのだと確信した。
有美は彼と一緒に、控え目なドレスを着ていた。
俺はそんな光景を陰から見守っていた。
まだ……
とてつもない何かが眠っているように思われたからだ。
『有美にとっては完全犯罪でも、それは不完全だ』
俺はきっと真相を探し続け、そう言ってみる。
三連続死は、有美の父親の突然死が切っ掛けで始まったのだから……
俺は又〝死ね〟と書かれたみずほのコンパクトを見つめていた。
町田百合子が書いた言葉が邪悪な魂を揺さぶり起こし、自らの命さえ破滅に導いた。
あの後で有美に、キューピット様は大人数で遣ってはいけないんだと言われた。
だから……
更に強力になったのかも知れない。
だからみずほのコンパクトには、とてつもないパワーが秘められている。
そう思った。
そっとみずほのコンパクトに触れる。
その時、葬儀会場で大泣きしていた奴の顔が脳裏に浮かんだ。
(そうだ俺にはもう一人、木暮悠哉って親友がいた)
俺は何となく、木暮の通っている高校へとペダルを漕いでいた。
それが次なる事件の幕開けになろうなんて、思ってもいなかったのだ。
俺はただ、みずほとの馴れ初めを知っている奴に俺の本音を聞いてもらいたかっただけだったんだ。
俺はみずほの葬儀会場にいたかっての親友を訪ねることにした。
ソイツは木暮悠哉と言って、俺の中学時代の親友だった。
サッカー部のエースになると言う、同じ夢を見ていた仲間だった。
少年サッカー団から二人だけ選ばれてFC選抜にも呼ばれた。
だから木暮も橋本とは顔見知りだったんだ。
彼も俺同様に身長が低かったが、パワーだけは超一流だった。
でも兄貴の不遇の最期を見て、意気消沈してサッカーを辞めてしまったのだ。
結果俺がエースになった。
もし……
そいつが残っていれば、俺は……
そんなことを俺は何時も考えていた。
木暮は俺とみずほの付き合い出したいきさつを知っていた。
だから、みずほが殺されたと解った時物凄く腹を立ててくれたんだ。
俺はどうしようもなくて、あの日事件の全てを木暮には話したんだ。
千穂の俺に対する恋心まで話したら……
『それは感じていた』
ダメ出しにそう言われてしまった。
俺はどうしょうもなくなって、全てがキューピッド様をもてあそんだ結果だったとも打ち明けていた。
今思うとどうかしていたと思う。
なぜあんなにムキになったのだろ?
それはきっと、俺が木暮を頼ったからなのだ。
木暮は確かに俺の親友だったんだ。
だから聞いてもらいたかったんだ。
だから余計に自分を正当化したのかも知れない。
玄関のチャイムを鳴らすと、木暮が飛んで来た。
『聞いてもらいたいことがある』
さっきそう電話しておいたからだ。
「あれっ瑞穂、少し大きくなってないか?」
流石に俺の親友だ。
一番気にしていることを然り気無く誉めてくれる。
(ん!? っていうことは少し伸びたのかな?)
俺は嬉しくなって、木暮の次の言葉を待った。
「ホラ、兄貴の葬式の時確かこん位だった」
木暮はそう言いながら、玄関の扉に付いているチェーンを指差した。
「なぁんだ、中学の時と比べてか? 当たり前だろうが」
俺は少しがっかりしながら、靴を揃えて木暮の後を追った。
木暮は兄貴を不運な事故で亡くしていた。
エレベーターにネックレスが引っ掛かり、そのまま移動されたので首を斬られてしまったのだ。
あまりに残忍な姿を見た木暮は意気消沈して、サッカーを辞めてしまったのだった。
「あっそうだ、有美は普通のアパートに住むそうだ。何でも初めて家政婦なしで生活するそうだ」
いきなり木暮は言った。
「家政婦なし?」
俺は有美が大邸宅に住んでいたことは知っていた。
家政婦を雇っていたとは知らなかった。
「有美んとこに新しい母親がいて、確か家政婦がわりに……なんて言ってたよ」
「えっ、そうなのか? 話しが大分違うな」
木暮はおかしなことを言い出した。
「有美は自分が今まで住んでいた家を慰謝料として渡して、アパートで例のエースと暮らすそうだよ。アイツら結婚したそうだから」
木暮の言葉に俺は更に驚いた。
「だってアイツまだ十五歳だろうが……」
思わず俺は言った。
「ところがどっこい。有美は十六歳なんだよ。ホラ、日本では結婚出来る歳なんだよね」
得意気に木暮は言う。
「でも確か男女統一で十八歳になったはずじゃ」
「それは二年後だよ。そんなニュースがあったから気になって調べてみた。今はまだ大丈夫なんだ。その時有美は十八歳なので、どっちにしろおとがめなしだな」
「そうか、それなら良かったよ」
「そう言えば、有美の新しい母親と結婚するのはお前の担任なんだってな。だから二人に迷惑を掛けたくないそうだよ。有美って本当に優しな」
更にそう続けた。
木暮の発言を聞いているうちに、有美を誤解していたことに気が付いた。
(悪いことしちゃったかな?)
嫌がる有美を説得して、死が待っているかも知れない屋上へ行かせようとした。
最悪なのは町田百合子じゃなく俺だったのだ。
「そう言えば有美、橋本翔太のことを気にしていたんな」
「橋本翔太!?」
俺は思わず声を張り上げた。
橋本翔太。
この前の交流戦で大活躍をしてレギュラーの座を取ったやつだ。
でもまさか木暮からその名が出てくるとは思わないかった。
(あっ、そうだ)
俺はみずほの葬儀会場で泣いていた木暮の近くに橋本がいたことを思い出していた。
橋本翔太は百合子に俺がサッカー場に来られなくするように頼んでレギュラーの座を取ったヤツだ。
俺にとっては許し難い人物だったのだ。
「何で有美が気にしていたんだ?」
俺は気を取り直して木暮に質問した。
「あっ、その前に町田百合子の件もあったな? 俺は百合子が橋本のストーカーだと言ってやったよ」
「ストーカー!?」
「そうだよ、百合子はストーカーだった。ところでお前達」
木暮は何故か不適な笑みを浮かべた。
「悪いけど有美に『あっ。そう言えば、みずほのおまじないの木って知ってるか? 確かその木の脇で『磐城がグランドに来なければ』とか言ったそうだ。その独り言を誰かに聞かれたのかも知れないな』って言ちゃった。お前とみずほって本当にラブラブだったんだな」
木暮は俺の顔をマジマジと見つめた。
「俺には、何でお前がもてるのか、よう解らん」
その後で木暮は言った。
木暮は然り気無く言ったけど、俺には橋本が俺達の秘密の場所を知っていたことがショックだった。
俺とみずほだけの思い出が汚されてしまった気がした。
でもそのことで、橋本翔太が町田百合子に岩城みずほの殺人を依頼した訳ではないと判明した。
百合子がかってに遣ったことだったのだ。
(俺はそれを真に受けて橋本を疑った。こんなんだから厨房って言われたんだな)
俺はマジに凹んでいた。
結局、橋本翔太は無実だった。
有美はそれを俺に知らせようとして木暮に電話したのかな?
それでも疑問は残る。
何故そうしたのかがだ。
もしかしたら、あのロゴに気付いたのかな?
イワキ探偵事務所に継母を装おって依頼したことに俺が気付いた時の用心か?
俺はまだ、有美を疑っているみたいだ。
木暮はやはり俺の親友だった。
だから俺は調子付いてキューピット様の話しを始めていた。
「俺は松尾有美を説得しようとしていたんだ。でも怖じ気づいた有美は首を縦には振らなかった」
「きっと有美もそのことを気にしていたんだな。だから俺に電話をくれたのかな? お前とは面と向かえないからな」
「本当に悪いことをしたよ。命を狙われているのを俺は知っていたのに……」
「でも、それがあったから転校したんじゃない?」
「でもまさか、結婚するとは思わなかった」
「エースと愛してるからだよきっと」
「そうだよきっと」
俺はくるくると表情を変えた有美を思い出していた。
そしてもう一つの事件も思い出していた。
確か警察の発表では事故だったけど……
「そう言えばお前の兄貴の事故、あれから進展あった?」
俺の質問に首を振った。
「そう言えばお前の叔父さん、元は凄腕の刑事だったんだよね?」
「何で知っているんだ」
「何言ってるんだ。お前が自慢していたんじゃないか」
「そうだ。何かあったらどうぞ」
俺は木暮にイワキ探偵事務所の名刺を渡した。
俺は有美を誤解していたのだろうか?
でも本音は別のところにあるのではと勘繰った。
きっとそれは恋人と付き合うためだったのだ。
俺の先輩のサッカー部のエースだ。
この学校にいれば、みんなの反感をかう。
又命を狙われるかも知れない。
それを身をもって体験したからだ。
有美は、強かに生きる道を選んだのだった。
でも有美は本気で彼を愛していたんだ。
確かに軽いとこもある。
でも有美は有美なりに精一杯生きてきたんだ。
そしてこれからも……
『松尾が襲われた日に婚姻届けを提出した』
先生は俺だけに話してくれた。
『磐城に一緒に居る所を見られたからな。その言い訳だ』
『でも先生、結局浮気じゃなかったんだよね?』
本当はラブホの件を持ち出そうかとも考えていた。
でも俺が何故彼処に居たのかを聞かれそうな気がして言い出すことは止めにした。
痛くもない腹を探られたるのがオチだと思ったからだった。
『何言ってるんだ。浮気なんかしてないよ。あれは話し合いだった』
俺の質問に頷きながらも、その行為は否定した。
有美の継母の名誉のためだと俺は感じた。
それほどまでに愛していたんだ。
そう思った。
『ま、そう言うことにしておこうかな?』
俺は先生をおちょくっていた。
でも俺も浮かれてばかりいられない。
だってもしかしたら先生は、俺の正体に気付いたかも知れないんだから。
高校生でありながら、叔父さんの探偵事務所でアルバイトをしていることに……
でもまさか、女装まではバレていないとは思っているけどね。
そして俺も……
転校を考えていた。
橋本翔太は、事件の真相を知らない。
自分が言った一言が、みずほを殺したことを知らない。
でも俺……
言ってしまいそうなんだ。
俺がレギュラーになれなかった訳を……
本当は悔しくて悔しくて仕方ないんだ。
だって俺……
サッカーが大好きだから。
レギュラーになって、ハットトリックを決める。
それが俺の夢だったから。
でも、橋本翔太も努力して来たんだ。
同じ街で育ち、同じFCで出会い、同じ夢を見てきた。
リフティング大会で技を競い合ったこともある。
互いに負けず嫌いで、本当に良いライバルだった。
そんな奴を苦しめたくないんだ。
俺達は厨房のくせに、レベルは高校級だと言われていた。
それはお互い切磋琢磨して築き上げた結果。
だからこそ大事にしたいんだ。
俺って甘ちゃんかな?
だって俺達はスポーツ少年団に所属していた頃から、それぞれがその小学校のエースだったのだから。
俺は結局、何も出来ないままでいた。
そんなある日。
先生と松尾有美の継母との結婚式が身内だけで執り行われることになった。
離婚なら法律上六ヶ月待たなければならない。
でも幸い、先生の恋人は籍に入っていなかった。
だからすぐに結婚出来たのだった。
ジューンブライド。
女性なら誰でも憧れる、六月の花嫁だ。
有美の元継母は純白のウエディングドレスだった。
それは純潔の証しだった。
俺はこの時、先生の言う通りあのラブホで何もなかったのだと確信した。
有美は彼と一緒に、控え目なドレスを着ていた。
俺はそんな光景を陰から見守っていた。
まだ……
とてつもない何かが眠っているように思われたからだ。
『有美にとっては完全犯罪でも、それは不完全だ』
俺はきっと真相を探し続け、そう言ってみる。
三連続死は、有美の父親の突然死が切っ掛けで始まったのだから……
俺は又〝死ね〟と書かれたみずほのコンパクトを見つめていた。
町田百合子が書いた言葉が邪悪な魂を揺さぶり起こし、自らの命さえ破滅に導いた。
あの後で有美に、キューピット様は大人数で遣ってはいけないんだと言われた。
だから……
更に強力になったのかも知れない。
だからみずほのコンパクトには、とてつもないパワーが秘められている。
そう思った。
そっとみずほのコンパクトに触れる。
その時、葬儀会場で大泣きしていた奴の顔が脳裏に浮かんだ。
(そうだ俺にはもう一人、木暮悠哉って親友がいた)
俺は何となく、木暮の通っている高校へとペダルを漕いでいた。
それが次なる事件の幕開けになろうなんて、思ってもいなかったのだ。
俺はただ、みずほとの馴れ初めを知っている奴に俺の本音を聞いてもらいたかっただけだったんだ。
俺はみずほの葬儀会場にいたかっての親友を訪ねることにした。
ソイツは木暮悠哉と言って、俺の中学時代の親友だった。
サッカー部のエースになると言う、同じ夢を見ていた仲間だった。
少年サッカー団から二人だけ選ばれてFC選抜にも呼ばれた。
だから木暮も橋本とは顔見知りだったんだ。
彼も俺同様に身長が低かったが、パワーだけは超一流だった。
でも兄貴の不遇の最期を見て、意気消沈してサッカーを辞めてしまったのだ。
結果俺がエースになった。
もし……
そいつが残っていれば、俺は……
そんなことを俺は何時も考えていた。
木暮は俺とみずほの付き合い出したいきさつを知っていた。
だから、みずほが殺されたと解った時物凄く腹を立ててくれたんだ。
俺はどうしようもなくて、あの日事件の全てを木暮には話したんだ。
千穂の俺に対する恋心まで話したら……
『それは感じていた』
ダメ出しにそう言われてしまった。
俺はどうしょうもなくなって、全てがキューピッド様をもてあそんだ結果だったとも打ち明けていた。
今思うとどうかしていたと思う。
なぜあんなにムキになったのだろ?
それはきっと、俺が木暮を頼ったからなのだ。
木暮は確かに俺の親友だったんだ。
だから聞いてもらいたかったんだ。
だから余計に自分を正当化したのかも知れない。
玄関のチャイムを鳴らすと、木暮が飛んで来た。
『聞いてもらいたいことがある』
さっきそう電話しておいたからだ。
「あれっ瑞穂、少し大きくなってないか?」
流石に俺の親友だ。
一番気にしていることを然り気無く誉めてくれる。
(ん!? っていうことは少し伸びたのかな?)
俺は嬉しくなって、木暮の次の言葉を待った。
「ホラ、兄貴の葬式の時確かこん位だった」
木暮はそう言いながら、玄関の扉に付いているチェーンを指差した。
「なぁんだ、中学の時と比べてか? 当たり前だろうが」
俺は少しがっかりしながら、靴を揃えて木暮の後を追った。
木暮は兄貴を不運な事故で亡くしていた。
エレベーターにネックレスが引っ掛かり、そのまま移動されたので首を斬られてしまったのだ。
あまりに残忍な姿を見た木暮は意気消沈して、サッカーを辞めてしまったのだった。
「あっそうだ、有美は普通のアパートに住むそうだ。何でも初めて家政婦なしで生活するそうだ」
いきなり木暮は言った。
「家政婦なし?」
俺は有美が大邸宅に住んでいたことは知っていた。
家政婦を雇っていたとは知らなかった。
「有美んとこに新しい母親がいて、確か家政婦がわりに……なんて言ってたよ」
「えっ、そうなのか? 話しが大分違うな」
木暮はおかしなことを言い出した。
「有美は自分が今まで住んでいた家を慰謝料として渡して、アパートで例のエースと暮らすそうだよ。アイツら結婚したそうだから」
木暮の言葉に俺は更に驚いた。
「だってアイツまだ十五歳だろうが……」
思わず俺は言った。
「ところがどっこい。有美は十六歳なんだよ。ホラ、日本では結婚出来る歳なんだよね」
得意気に木暮は言う。
「でも確か男女統一で十八歳になったはずじゃ」
「それは二年後だよ。そんなニュースがあったから気になって調べてみた。今はまだ大丈夫なんだ。その時有美は十八歳なので、どっちにしろおとがめなしだな」
「そうか、それなら良かったよ」
「そう言えば、有美の新しい母親と結婚するのはお前の担任なんだってな。だから二人に迷惑を掛けたくないそうだよ。有美って本当に優しな」
更にそう続けた。
木暮の発言を聞いているうちに、有美を誤解していたことに気が付いた。
(悪いことしちゃったかな?)
嫌がる有美を説得して、死が待っているかも知れない屋上へ行かせようとした。
最悪なのは町田百合子じゃなく俺だったのだ。
「そう言えば有美、橋本翔太のことを気にしていたんな」
「橋本翔太!?」
俺は思わず声を張り上げた。
橋本翔太。
この前の交流戦で大活躍をしてレギュラーの座を取ったやつだ。
でもまさか木暮からその名が出てくるとは思わないかった。
(あっ、そうだ)
俺はみずほの葬儀会場で泣いていた木暮の近くに橋本がいたことを思い出していた。
橋本翔太は百合子に俺がサッカー場に来られなくするように頼んでレギュラーの座を取ったヤツだ。
俺にとっては許し難い人物だったのだ。
「何で有美が気にしていたんだ?」
俺は気を取り直して木暮に質問した。
「あっ、その前に町田百合子の件もあったな? 俺は百合子が橋本のストーカーだと言ってやったよ」
「ストーカー!?」
「そうだよ、百合子はストーカーだった。ところでお前達」
木暮は何故か不適な笑みを浮かべた。
「悪いけど有美に『あっ。そう言えば、みずほのおまじないの木って知ってるか? 確かその木の脇で『磐城がグランドに来なければ』とか言ったそうだ。その独り言を誰かに聞かれたのかも知れないな』って言ちゃった。お前とみずほって本当にラブラブだったんだな」
木暮は俺の顔をマジマジと見つめた。
「俺には、何でお前がもてるのか、よう解らん」
その後で木暮は言った。
木暮は然り気無く言ったけど、俺には橋本が俺達の秘密の場所を知っていたことがショックだった。
俺とみずほだけの思い出が汚されてしまった気がした。
でもそのことで、橋本翔太が町田百合子に岩城みずほの殺人を依頼した訳ではないと判明した。
百合子がかってに遣ったことだったのだ。
(俺はそれを真に受けて橋本を疑った。こんなんだから厨房って言われたんだな)
俺はマジに凹んでいた。
結局、橋本翔太は無実だった。
有美はそれを俺に知らせようとして木暮に電話したのかな?
それでも疑問は残る。
何故そうしたのかがだ。
もしかしたら、あのロゴに気付いたのかな?
イワキ探偵事務所に継母を装おって依頼したことに俺が気付いた時の用心か?
俺はまだ、有美を疑っているみたいだ。
木暮はやはり俺の親友だった。
だから俺は調子付いてキューピット様の話しを始めていた。
「俺は松尾有美を説得しようとしていたんだ。でも怖じ気づいた有美は首を縦には振らなかった」
「きっと有美もそのことを気にしていたんだな。だから俺に電話をくれたのかな? お前とは面と向かえないからな」
「本当に悪いことをしたよ。命を狙われているのを俺は知っていたのに……」
「でも、それがあったから転校したんじゃない?」
「でもまさか、結婚するとは思わなかった」
「エースと愛してるからだよきっと」
「そうだよきっと」
俺はくるくると表情を変えた有美を思い出していた。
そしてもう一つの事件も思い出していた。
確か警察の発表では事故だったけど……
「そう言えばお前の兄貴の事故、あれから進展あった?」
俺の質問に首を振った。
「そう言えばお前の叔父さん、元は凄腕の刑事だったんだよね?」
「何で知っているんだ」
「何言ってるんだ。お前が自慢していたんじゃないか」
「そうだ。何かあったらどうぞ」
俺は木暮にイワキ探偵事務所の名刺を渡した。