私が橋本翔太君がレギュラーを手に入れたことを知ったのはみずほの葬儀の会場だった。


偶々、かっての同級生を見掛けたのだ。
その人の隣に橋本君さんがいたのだ。
その人は木暮君と言って、磐城君の親友だった。
だから私は葬儀の後で二人に近付いたのだ。


その時、橋本君はレギュラーの座を射止めたことを木暮君に話していたのだ。




 初登校した日に隣のクラスにいた橋本君を見て嬉しく思った。
みずほの彼のライバルだと知っていたからだ。
橋本君と磐城君なら切磋琢磨しながら技術を磨いていけると思っていた。
だから同じ高校で出逢えた軌跡に感謝した。




 私がエースと呼ばれている彼に一目惚れした時、隣にいたのが橋本君だった。
橋本君は彼の走るタイミングを見計らってゴールをアシストしてくれたのだ。
だから彼は得点出来たのだ。


サッカーは一人一人の技術の良し悪しで決まるスポーツだ。


でも、いくらサッカーセンス抜群の選手がいたとしても個人プレーではゴール出来ない。
コートにいる全員のアシストがあるからこそ、彼のようなスター選手が光るのだ。




 私は橋本君は橋本君なりに頑張ったのだと思っていた。
でもその裏でこんな汚い工作をしていたなんて……


私の彼も橋本君の技術を高くかっていた。
だから、レギュラーの座を射止めたことを褒め称えていたのだ。


もし橋本君がみずほの殺人事件に関与したと彼が知れば、どんなにかがっかりするだろう。
彼は、みずほと磐城君の恋に憧れていた。
自分も磐城君みたいに私を愛したかったのだ。


それでも……彼は腕を組んでもくれないし、手を絡めてもくれない。
今日磐城君と強引に腕を組んだ時、彼に心の中で詫びていた。
本当にすまないと思っていたからだ。


決して言い訳じゃない。
私は彼を愛してる。
心の底から愛しているのだ。




 手鏡をプレゼントしてくれたのは、みずほみたいにウインクしてほしかったからだ。
自分だけに解る鏡越しのラブサイン。


彼は私を愛してくれた。
でも、私を良く思っていない人達からアレコレと言われているみたいだ。


今日の町田百合子と福田千穂の会話で私がどのように言われていたのかを判断した。
殺害予告を聞いた時、思わず泣いてしまった。
皆、私が死ぬことで大喜びすることを知ったからだった。
薄々は感じていたけどね。




 私は彼と一緒に一般席みずほの旅立ちを見守っていた。
磐城君の姿も近くにあった。


いくら結婚を許された恋人でも、家族席なんかに座れないのだと思っていた。
磐城君の哀しみが私の心とシンクロして、頬を大粒の涙で飾った。


彼はそれに気付いてハンカチを渡してくれた。
私はそれに期待していたのだ。
彼の前で可愛い女性を演出する。
そんな小細工で私はエースを手に入れることが出来たのだ。


だから今日、磐城君が『でも彼氏も陰で言ってたよ『ずっと気になっていたって』さ』って言ってくれたことが嬉しかったのだ。




 読経の音と木魚の音。
斎場内にあるホールに広がる。
そこかしこですすり泣きの音が聞こえる。
私はハッとした。
自分が後ろめたいことをしているからなのか?
どうしても泣いている人が気になる。
私は目だけ動かして、顔をくしゃくしゃにして泣いてる懐かしい木暮君を羨ましく見ていた。




 だから尚更木暮君に興味を抱いたんだ。


木暮君は磐城君の親友だった。
サッカー部のエースになると言う、同じ夢を見ていた仲間だった。
木暮君も磐城君同様にサッカーセンスもパワーも超一流だった。


そんな木暮君が突然サッカーを辞めた。


それには木暮君のお兄様の死が関与していた。


デパートのエレベーター前で首を斬られた男性の遺体が発見された。
それが木暮君のお兄様だったんだ。
そんなことを思い出しながら、木暮君のことを見ていた。




 最後の別れに柩の中に花を入れる。
磐城君は別れを惜しむ振りをして、隠し持った赤い糸をみずほの指先に結んだ。
それはさっきまで磐城君の小指に結ばれていた物だった。


二人は運命の赤い糸で繋がれている。
私はそう感じた。


その時私はみずほが話してくれまおまじないを思い出していた。


それは朝だった。
みずほと磐城君に会うために示し合わせて愛の時間を堪能していたのだ。


『オハヨー』
『好きだよ』
『アイシテル』
なんて言いあって……


みずほは何時も赤い糸を持っていて、サッカーグランドの見える木に結び付けるそうだ。『サッカーが上達しますように』そう言いながら……


『はい、私のおまじない効くのよ』みずほはその後でその糸を磐城君のスパイクの中に入れるんだ。


磐城君はきっと、その中の一本を持って来たんだ。
私はそう思った。




 幾ら花で飾られても柩の中のみずほが痛々しい。
今にも起き上がってきて何か言いたそうだった。
それは私の願望だった。


『有美……私はまだ私は死んでなんかいないよ』

せめてそう言ってほしかった。
でも身動き一つしないみずほ。


磐城君はみずほの見える小窓越しに唇を近付けた。
遺体に取りすがってキスの雨を降らしたいのだと思った。
でも釘付けされた柩はもう二度と開くことが出来ないのだ。
虚しさだけが心の隅々まで広がっていった。




 私は葬儀の後で、もう一度木暮君に近付いた。
橋本君と言葉を交わしていたからだった。
でも私の耳には何も聞こえてこなかった。




 「お母さん。今日私親友の彼に会ってきたの」


『転校は先生のため?』その後始まった会話で私は継母と担任の恋の復活を頼んだ。


磐城君は私の提案を快く引き受けてくれた。
だから継母には、私の罪も話しておかなければいけないと思ったのだった。


「親友って?」


「ホラ、この前自殺したってメールが来たでしょ? あの娘の彼なの」

継母は大切な話をすることが判ったらしく、私と向き合ってくれた。


「あのねお母さん。私悪い娘なの。実はパパ、これを見て心臓麻痺を起こしたの」
私はそう言いながら、例のツーショット写真を見せた。
その途端、継母の顔が引き吊った。


「ごめんなさい。ごめんなさいお母さん。私パパが許せなかったの。先生の恋人を強引に奪ったパパが……」


「有美ちゃん知っていたの?」


「だから磐城君に……あっ、私の親友の彼は磐城君って言うの。私は磐城君に『パパは私の面倒をみるのがイヤだったの。でもパパ酷いの。財産分与のこと親戚に言われて、ママを籍に入れなかったの。戸籍取り寄せてみて解ったことなんだけど……』って言っちゃったの」


「そうよね。私は確かに籍にも入れてもらえずに……ただ」


「ただ、こき使われていただけだった。だから尚更許せなかったの」


「で、あの人にその写真見せたのは何時?」


「朝学校に行く前、パパ『浮気だ』って騒いで興奮して……」


「だったら有美ちゃんが見せた写真のせいじゃないわ。あの人はその後で会社に出掛けて、仕事中に倒れたの。だから今、労災の審査中なの。有美ちゃんが悪い訳じゃないわ」


「ママ。ごめんなさい、どうしても一度言ってみたかったの。ママありがとう。でも、悪いのは私なんです」

私は継母の取りすがって泣き始めた。




 「その親友の彼って、確かイワキ君って言ったわね。イワキ探偵事務所に関係あるの?」

継母は以外なことを言った。


「えっ、なんでそんなこと聞くの? 確かにイワキ探偵事務所ってのは磐城君のオジサンが経営しているけど……」


「だってホラ此処に書いてあるじゃない」

私の話しを怪訝に思ったのか、クラフト封筒を指差しながら言った。


其処にはクラフト封筒と同系色の文字が目立たないように記されていた。


(えっ!?)

私はそのまま動けなくなった。




 出来の悪い頭で磐城君との会話をアレコレと思い出していた。
磐城君はきっとこのクラフト封筒に書かれた文字を見ている。
だとしたら、私が父親殺しの犯人だと勘繰るだろう。
私は何か打つ手がないのかと思い始めていた。


あんな小さなイワキ探偵事務所だから、専用の封筒なんか無いのだと思い込んでいた。
まさか、こんなカラクリに引っ掛かるなんて……


私は自分の注意散漫をイワキ探偵事務所のせいにした。
でもそれは確実に私の首を絞められる原因になるはずだった。


だから私は磐城君が会いに行くことを前提にして、木暮君に電話をすることにした。




 私はまず橋本君がレギュラーを射止めたことから話し出した。


『そうなんだよ。アイツ凄いんだ。何でも、レギュラー入りを示唆されている交流戦で大活躍したって言ってたよ』

木暮君は嬉しそうだった。
本当に人がいいとしか思えない。


「それって、確かみずほが自殺した日じゃなかったっけ?」


「あっ、そうだった。アイツ、どうして磐城が来なかったのかがやっと判ったって言ってたよ』


「どう言うこと?」


『みずほが死んだって信じられなかったんじゃないのかな?』


「もしかして木暮君、町田百合子って知ってる?」


『あっ、もしかしたら橋本のストーカーかな?』


「ストーカー!?」
私は突拍子もない声を出していた。




 『俺にはその町田何とかって女の娘のことは解らない。でも橋本は気味悪がっていたな。何でも気が付くと傍にいるそうだ』

(じゃあ、橋本君は関係ないんだ)

私はホッと胸を撫で下ろした。


『あっ。そう言えば、みずほのおまじないの木って知ってるか? 確かその木の脇で『磐城がグランドに来なければ』とか言ったそうだ。その独り言を誰かに聞かれたのかも知れないな』




 『ううん、別に……ただ磐城君がグランドに来なければ、とかね』

町田百合子は確かにそう言った。
でもそれは橋本君の独り言だった。


町田百合子は橋本君のストーカーに違いない。
何時も何時も後を付けてだからそれを聞いたのだ。


「聞かれたかも知れないって、橋本君は気にしていたたのかもね」


『ああ、そうかもな。だから俺に言ったのかな』




 「木暮君ごめんね。みずほの葬儀の会場で二人が一緒だったでしょう。だから……」


『だから、どんな関係か聞きたくなった?』


「うん」


『俺達は同じFC選抜にいたんだ。だから懐かしくなっただけだよ』


「あれっ、そうだった?」


『あのな、お前さん小さい頃から一緒だったよね。少年サッカー団から俺と磐城だけが選ばれたことも知らなかったのか? そんなんで良くエースと付き合っていられるな』

木暮君は呆れたと言うような口振りだった。


「だって、あれはみずほの影響だもん」


『そう言えば、橋本とエースをを抜かせば全員保育園から一緒の口だったな』


「そう、その口よ。だから急に磐城君と仲良くなったみずほが信じられなくて一緒にいたの」


『えっ、俺はてっきり親友だと思っていたよ』


「やだ。みずほは今でも親友よ。だって私に飛びきりの恋をプレゼントしてくれたもの。いくら感謝したって足りないくらいよ」


『お、のろけるな。俺の目から見てもお前さんの彼氏は凄い逸材だ。離すなよ』
木暮君はそう言いながら笑っていた。


私はその後で、彼との仲良し振りをアピールした。


私は、遣るべきことはこれで全て終わったと思っていた。




 『有美ちゃんその話誰にも言っちゃだめよ』
さっき私が罪を告白した後で私にそう耳打ちしてくれた継母。


もし労災が認められたら私の犯した罪は消えるのだろうか?
でも、磐城君はその事実を知っている。


何時か木暮君に会いに行って、私が父親殺しの犯人ではないことに気付いてほしいと思っていた。


でもそんなことより、私がエース恋人だから命が狙われることが気掛かりだった。