「律さん、あの……」


律さんが私の手を離したのは、迎えの車に乗り込んだ後だった。
今日は彼専属の車ではなく、ホテル側が用意した車のようで前席と後席との間に仕切りがない。
そのことに律さんは苛立ったのか、小さな溜息を落した。


「本当に、親睦を深めていただけか?」

「え?」

「もしお姉さんが何か小言を言うようなら無視すればいい、真に受ける必要はないから」


律さんは、もしかして。
当初の私と同じように、お姉さんが私に説教をすると考えたのかもしれない。
それで、探しに来てくれた……?


「大丈夫ですよ、本当に世間話をしていただけですから」

「世間話ね、君とあの浮世離れしたお嬢様とで話が合うのか?」


あ、また『君』に、戻った。
まぁ、そうよね、あれは親し気な仲に見せるためのアクション。
手を繋いだのだって……。


「そういや、まだちゃんとした指輪を買ってなかったな」


不意にそんなことを言い、律さんは私の手を取った。
さっき繋いだ左手には、結婚式の前に間に合わせで用意したリングがあるだけということに気が付いたらしい。


「別にいいですよ、これで」

「いや、今日の褒美として新しいのを買おう」


どうして、そんな優しい目で私を見るのだろう?
やだな、また顔が熱くなる。
指輪なんて別に、そんなに欲しいわけじゃないのに。


「今度はちゃんと百花が気に入ったやつにしよう」


そうやってまた、私の名前を呼ぶから。
不覚にも胸がドキドキした。