ご機嫌よろしく去って行く家主さんを見送ったあと、自然と溜息が落ちた。
今月の家賃をどうしようかと考える私を他所に、常務はいとも簡単にビルごと買うと言う。
神様は不公平だね。
「じゃぁ、これからKIRIGAYAグループと家賃交渉をしなくちゃいけないんですね……」
そもそも、お店の継続なんてできるのかな?
再開発をするなら立ち退きになるとか?
「KIRIGAYAグループじゃない、俺個人で買うんだから俺がオーナーだ」
「常務が? 個人で?」
「君は、うちの派遣社員なんだな」
「どうしてそれを?」
常務クラスの人が派遣社員の顔なんか知っているはずもない。
社員だって1人1人は覚えていないだろうに――と。
近くに置いてあった私のカバンを常務が見ていることに気が付いた。
持ち手の部分に、入館証が入ったパスケースがぶら下がっている。
会社に入る時に、ピッとするやつだ。
「派遣社員なら知らないかもしれないが、あの土地を再開発する予定はない」
「派遣社員でも何となく分かりますよ」
利便性はいいけど、下町気質が強く再開発するとなると反対運動が起こるからだ。
「じゃぁ、どうしてビルを買うと思う?」
「わかりません」
「君と交渉する材料にするためだ」



