誠に不本意ではございますが、その求婚お受けいたします


ここでまた断ろうものなら、言い合い合戦になってしまう。
常務の言葉に甘えて、体を支えてもらいながらお店の入口へ向かった。
――と、


「あ、“零”さん。ちょうど良かった」


不意に屋号で呼ばれ振り向いた先、家主さんが立っていた。
その顔を見た瞬間、ギクリとする。


「前にも話したんだけどね、やっぱりこのビルを売ることにしたから」

「そんな……なんとかなりませんか?」

「ならないね。こっちも生活がかかってるから。家賃のことは新しいオーナーと話し合ってね」

「困ります……」


そう、これが経営難と同じく最近の私を悩ませていること。
母がお店を借りた時は、今の家主さんのお父さんが管理をされていて相場よりもかなり安い家賃で貸してくれていたのだ。
ビルのオーナーが変わってしまうと、相場額に上げられてしまう可能性が高い。
築30年と古い物件でも1階だし、利便性の良い土地だから3割ほどアップしてもおかしくない。


「どうしよう」


ただでさえ、カツカツなのに。
お母さんが大切にしていたお店だけど、もう守れないかも。


「失礼、ビルの買い手はもう決まっているんですか?」


突然、常務がそんなことを家主さんに聞いた。