“かっこいい”、その言葉にはほんとうに他意はなかった。
ただ、私は旅行でさえ国外に出たことがなくて、海外にまったく縁のない生活を送ってきたから。
幼い頃にからよく知っている存在である桜くんが、私のまったく知らない世界に溶けこんでいる姿にびっくりして、すごく素敵だなって思って。
そしたら、自然に口から飛び出てきたの。
ただそれだけのセリフに、なぜか狼くんがぴくり、と反応しているのを目撃してしまって。
「……?」
さっきまで、あんなに素知らぬふりをしていたのに、ヘンなの。
不思議に思って追及しようとしたけれど、それは狼くんママによって遮られてしまう。
「さあさっ、ひなちゃん、あがってあがって!」
「っあ、はい……! おじゃましますねっ」
うながされるまま、靴を脱いで藤川家のなかへ。
10年も経っているのだから、あのときと同じだ、なんて、そんなことは全然なくて。
だけど、においとか、空気とか……そういう雰囲気が懐かしくって、改めて思ったの。帰ってきたんだ、って。
昔住んでいたこの街に。
────狼くんがいる、この街に。



