アイリスには元々は婚約者がいた。初めて参加した舞踏会で破棄を申し出てきた、ヘンセル男爵家の嫡男──スティーブンだ。
 しかしなんだかんだあって破棄された。
 その後の縁談の誘いは、アイリスに男になることを決心させたあの老人の商会会長との縁談だけだ。

「私はこの通り男勝りでかわいげがないので……」
「あら、そんなことないわ。アイリスさんはとっても格好よくて素敵ですわ! 宮殿に勤める侍女の中でもたくさんのファンがいらっしゃるのよ!」

 リリアナはとんでもないとでも言いたげに、力説する。
 ぽかんとするアイリスと目が合うとふわりと微笑んだ。

「でも、婚約者がいらっしゃらないなら自由な恋愛ができるから、それはそれでいいと思うわ」

 貴族令嬢は一般的には親が決めた婚約者と結婚することが多い。自由恋愛など少数派なので、アイリスは、面を食らった。

「アイリスさんは、どんな男性が好き?」

 リリアナは会話を続ける。
 こちらを見つめる紫色の瞳は期待に満ちている。