恋というものは複雑で、まるで絡み合った糸のように人との関係が拗れてしまうこともある。そう下流貴族のアンが教わったのは、まだ恋や愛というものがわからない幼い頃だった。屋敷に遊びに来ていた執事見習いのアンと同い年の少年から教えてもらったのだ。

「お嬢様、到着しましたよ」

昔のことを思い出していると、ガチャリと馬車のドアを御者が開けた。アンは姿勢を正し、「ありがとう」とお礼を言いながら馬車を降りる。夜風に赤いドレスの裾がふわりと揺れた。

アンは今日、この国でその名を知らない者はいないとされる名家のパーティーに招待され、大豪邸のパーティー会場に来ている。国中の貴族が招待されたこともあって、会場は美しいドレスで着飾った女性や立派な燕尾服を着こなした男性で賑わっていた。

「アンお嬢様、お久しぶりです」

「キールさん、お久しぶりです。父がお世話になっております」

知り合いなどに挨拶をしつつ、アンは壁側へと向かう。自分がこのパーティーに招待されたのは、アンの特技である歌を披露してほしいと頼まれたからだ。中心に立つのはその時だけでいい。