ーコンコンー
社長室の扉をノックする。

『はい。』
中からいつも通りの返事が返ってきた。
俺はため息と深呼吸が混じったものを吐き出す。

『僕です。』

『どうぞ。』
本当に親子というより社長と部下のようだ。
親子でするやり取りではない。
俺は重いドアノブをひねり部屋の中へと入った。

中は凄く広い。入って真正面にデスクと座りやすそうな椅子。その後ろは大きな窓がある。部屋の周りには所狭しと親父の趣味が飾られている。

(いいご身分で・・・。)
そう思いながら真正面のフカフカの椅子に座る人に目を向けた。

父『おぉ。来たか。早かったな。』

『いえ。何の御用ですか。』
座る所も無いので俺は立ったままだ。

父『お前に大切な話がある。』
そう言って顔の前で両手を組んだ。
言いずらいことがあると大体この格好だ。自然と自分を守っているのだろう。

『話・・。ですか。』

父『実は・・。来年香港に支社を出すことになった。』

『はぁ。』
支社なんてよく出す。日本にもどれくらいあるのか。そんなに珍しい事ではない。

父『その支社をだ。お前に頼みたい。』

『はい?僕ですか?』
訳が分からない。
俺は今大学に行くのに必死になっているのに、この人は何を言い出すのだろうか。

『俺には大学が・・・。』
親父は深くうなずいたあと続けた。

父『わかっている。私が行ければいいのだが、今大きなプロジェクトを抱えていて当分は日本から動けない。そこで将来の後継ぎとしてもお前に担って欲しい。』

『いや、そんな急すぎますよ。僕に何ができると?』
段々イライラしてきた。
身振り手振りが大きくなっていく。

父『大丈夫だ。ちゃんとサポート役をつける。そんなに難しい事じゃない。』

『だったらそのサポート役に頼めばいいのでは?僕は大学もあります。』

父『それも考えたが・・・。いずれはお前も継ぐことだ。今から経験していて損はない。それにその方が顔が立つ。大学はあちらで手配してやるから心配するな。』
この人は何を考えているのか。息子を自分の顔の為に利用するなんて。
俺は気が付いた時には大声をあげていた。

『ふざけんな!!いっつもそうだ。あんたは・・・俺の事なんか考えちゃいない。自分本位で息子でさえも利用する!』
それを聞いた親父は少し驚いた様子で目を大きく見開いた。

父『何が悪い話なんだ?大学だってあちらで行ける。社会経験も積むことができるのに。』
この男は本当に何もわかっていない。
俺は親父のデスクを思いっきり叩いた。

ーバン!!-
『兎に角!俺は行かない!他に頼むんだな!』
そう言い放ち俺は部屋から出た。
後ろで親父がどんな顔をしていたかなんてどうでもいい。
今までこんな反抗的な態度を取ったことがないからさぞかしびっくりしただろう。


(海外なんて行ったら真珠子にも会えなくなる・・・。)