最初に目が覚めたのは父だった。

父がいきなり車のエンジンをかけたことで、その他の家族全員が起こされることとなった。

父は一人
「死にたくない、死にたくない」

と、妄言のように繰り返しており、その異様さとそれに対する恐怖によって、
私を含む家族一同は全員震えていた。

全員が起きた数秒後、いきなり世界が闇に包まれ、激しい衝撃が走った。

何か液体の様なものが車の中に入ってくる。

…それは海水だった。

全員がパニックに陥り、冷静な判断を出来なくなっていた。

なんとか思考回路を回そうとしても、度々襲う衝撃によって邪魔され、考えが纏まらない。

そんな状況の中、更なる悲劇が起こった…

車が横転し、その衝撃でフロントガラスが割れたのだ。

海水がなだれ込み、すぐに車内はそれによって満たされた。

既にパニック状態に陥っていた私達は車の外に出ようとしていたが、水圧でドアが開くことはない。

その状況による急激なストレスと絶望で父は失神していた。

私は押し寄せる海水の中でパニックに陥っている中、なんとか頭を回転させ、窓ガラスを鋭利なナイフで割った。

というのも、
車のフロントガラス以外のガラスは強化ガラスを使用しているものが多いため、鋭利なもので衝撃を与えると、簡単に割ることが出来るのである。

その為、車のポケットにBBQに使った調理用のナイフがあることをなんとか記憶から絞り出すことで、
窮地を脱することが出来た。

なんとか生き延びたと思った矢先、そこには更なる課題が待ち受けていた。

津波の中でどうやって死なずに生き残るかだ。

車から出て呼吸することが出来たとはいえ、その課題を乗り切るには賭けをする必要である。

その賭けとは、津波に抵抗するのではなく、流れに乗ることであった。

選択の余地はなく、その賭けに乗るしかなかった。

流れの中で身体を丸め、流れが収まるのを待ち続けた。

それは永遠に続くかと思われる程に続いた。

実際は数分も経っていないのだろうが、私の気力を奪うには十分だった。

もう死んでもいいかな…
そう思った時だった。

突然空気が私の身体に触れた。

その瞬間体に強い衝撃が走り、目を開けると
木々と共に陸に打ち上げられていた。

助かった、と思う間もなく、すぐに立ち上がり海水から逃げた。

第二、第三の津波が来る前に避難しなければならない。

そんな焦燥感の中、いつ痛めたかも分からない足を引き摺りながら、とにかく高いところを探し回った。

歩き続け見つけた丘には、沢山の人が居た。

泣いている人や、恐怖で震えている人、
明日、明後日の心配をしている人や、
唖然とし、立ち尽くしている人も居た。

その様子を見ながら私は打った足を休め、休息を取った。
寝たかったが、寝ることは出来なかった。

先程までの恐怖のせいだろうか…

「津波から抜け出したのかい?」
老婆が話しかけてきた。

私は「はい」、と空返事をすることしか出来なかった。

その老婆は暫く質問を続けていたが、私の答えが曖昧で話しかけることが億劫になったのか、いつの間にか姿が見えなくなっていた。

何時間経っただろうか…
自衛隊がヘリで救助に来た。子供や老人を先に救助するらしい。

担架に乗せられ、運ばれた。

そのまま病院に送り、入院するさせることになったらしい。

私は安堵から長い眠りに就くことが出来た…