数週間がたち、暦は生死の境から意識を取り戻した。

 私はただただ嬉しかった。だが、それは長くは続かなかった。

 暦は記憶障害を患ってしまった。

 医者が言うには頭を強く打ったことも要因だが、精神的ストレスも大きく関与していると述べていた。

 言われた瞬間、天罰が下ったのだと察したよ。妻と娘を蔑ろにしたから、妻は死に娘は記憶障害障害者となったのだと。

 幸い事故当時のことも覚えてなくて、母を目の前で失った辛い記憶も残らなかった。だが、暦が失ったものはあまりに大きい。

 私は自責の念と娘へのせめてもの償いとして、治療や生活のサポートに全力を尽くした。勉強や習い事を強制せず、自由にやりたいことをさせた。

 次第に暦は明るくマイペースと子への変わった。

 だが、記憶障害は治ることはなかった。

 私は娘にどうやって接すればいいのか検討もつかなかった。そもそも仕事の忙しさにかまけて、面倒を見たこともなかった。妻や使用人に全部任せっきりで、私自身は責めることしたやってきていない。