※

 私は幼少より、風無家の跡取りとして厳しい教育を受けてきた。

 財閥を父から受け継ぐと同時に、暦の母弥生と政略結婚をすることとなった。

 間もなくして、暦が生まれた。だが、跡取りである男の子が生まれなかった。このままでは将来暦には婿養子を取ってもらうことになる。

 将来、風無家に相応しい婿を得られるように、暦には高い教養を身に付けさせた。

『財閥の娘に相応しい教養を身につけなさい』

 勉強や習い事に明け暮れる日々。小さいのに遊ぶ暇さえ与えなかった。友だちもできず、寂しい思いをさせた。

『勉強も習いごともイヤ…あそびたい…』

 毎日、暦は泣いていた。やめたいと言っても聞く耳を持たなかった私はより娘にキツくあたった。暦は次第に塞ぎ込むようになった。

 唯一の心の拠り所は、母の弾くピアノだけ。

 弥生は元ピアニストで、何度もコンクールで優勝している実績を持っていた。だが、彼女も由緒ある家の出身。私との婚約のためにピアニストという道を辞めざる負えなかった。

 でも、彼女は引退後も毎日ピアノを弾き続けた。理由は好きなピアノから片時も離れたくなかったから。

 だが、暦が生まれてからは娘のために弾くようになった。子守歌はピアノの音色。私に叱られて落ち込んでいるときにも奏で、暦の心を慰めた。

 だから、暦は母のピアノが大好きで、自分の母のようなピアニストになりたいと思うようになった。習い事にはピアノのあったから、暦はなによりもピアノの練習に励んだ。

 それなのに私は、ピアノを暦と弥生から引き離した。ピアノのばかり夢中になって、勉強や他の習い事が疎かになってはいけないと、無理に辞めさせた。

『ピアノひきたい!ひかせてよ!』

『何度も言わせるな。ピアノなんてもう触ることも許さん』

 続けたいと言っても叱り付け、これ以上暦の興味がピアノに向かないように弥生のピアノを処分したりもした。

 自分でも最低な父親で夫だと思うよ。だけど、暦には風無家の人間として恥ずかしくないように育ってほしかった。私は元々出来のいい方ではなくて、いくら勉強や習い事をしても上手くいかず、子どものころは辱めを受けてきた。

 冷酷であろうとした。娘が自分と同じ恥ずかしい思いをしなくていいように。その甲斐あって、当時の暦は今とは比べ物にならない完璧で上品な子に育った。

 私は満足だった。自分のその選択を後悔する日が来るとも知らずに。