6月中旬。じめじめとした鬱陶しい梅雨の時期。

 僕は放課後の時間、教室で生徒会の仕事をしていた。本来なら生徒会室で行うが、現在生徒会室は雨漏りが酷く修理が終わるまで使用できない。

 黙々と作業を進めていると、扉がスライドする音が聞こえた。

「えっと」

 声からして風無さんだ。

 少し首を傾げて「歩くんだっけ?」と尋ねてきた。

 ようやくノートを見ないで僕の名前を言えるようになったことに感動すら覚えるが、あからさまに喜ぶなんて恥ずかしてて「合ってるよ」と素っ気なく答えた。

 それなのに彼女はまるで難解なテストで合格点をもらったように「やったー!」と諸手を挙げて喜んだ。

 彼女は早速そのことをノートに書き残す。あまり人前でそのノートを広げることはしないが、僕のことを認知するようになってからは気にしなくなった。

 書き終えると僕に向き直り「何してるの?」と聞いてきた。

「生徒会の仕事」

「ふーん。1人で?」

 この学校はクラスに男女1人ずつ生徒会役員がいる。うちのクラスは吉田 和美(よしだ かずみ)さんという人がその役職を担っているが、今日はあいにくと風邪で休んでいる。

 その分、僕が2人分の仕事をしなければ書類が滞っていく。

 ありのままを彼女に話すと、「手伝おっか?」と言ってきた。

 有り難い申し出ではあるが、率直な意見で風無さんは書類仕事向きな人ではない。作業をしている内に、何をやっているのかすらわからなくなるだろう。

 そもそも生徒会役員以外に書類の概要がわかるような内容ではない。

 しかし、彼女の親切を無下にするのも心いたたまれる。

 僕は簡単に処理が済んだ書類を種類別にホチキス止めしてもらう仕事を頼んだ。単調な作業なら忘れたとしても直ぐに説明し直せる。

 彼女が作業をしやすいように既にこちらで種類ごとに分けた。念のために、作業のやり方をメモ書きしてそれも渡した。

 いつもの僕ならここまで根回しをするのなら、手伝わなくていいと一刀両断するはずだ。なのにどうして、風無さんだと断ろうとも考えなかったのだろう?

 彼女は書類などを受け取ると僕の隣に座った。隣席はくっついているから、距離が近い。そのことを意識していたら、「どうしたの?」と尋ねてきた。

 僕は平然と装い「別に」と返事する。

「そっか。…あれ?そういえば私何で座っているんだっけ?」

 やっぱりホチキス止めですら前途多難だ。