風無さんの家に訪ねてから、僕らはたまにだが話すようになった。

 記憶障害者の彼女は翌日にはあの日のやりとりを忘れていたようだが、僕が話しかけたらノートを開き思い出したようにしゃべりだす。

 交流を重ねる内、だんだんと彼女のことを知っていった。

 1つ、すべての物事を忘れるわけではない。彼女の記憶障害は前向性健忘に近いものだが、今後起きることの全てを忘れるわけではないようだ。わかりやすい例だと、日常生活の知識や勉学などの知識に影響はないらしい。でないと、学校に来られるわけがない。

 2つ、ノートを常に持っている。やはり日頃から取っているノートは物事を忘れたときの保健に書いている。ノートに書けば、忘れたとしても読み返せる。そして、彼女はノートに書き綴ったり、読み返すなどを繰り返していくてある程度記憶維持できるようだ。だんだんと、僕のことも薄らぼんやり覚えてきた。

 3つ、容量が良い。前述にあるように勉学の点では記憶障害の影響がない。でも、普段授業出席していない彼女がテストで毎回満点を取れるのは頭の回転が速いため。一緒に勉強すると僕の5倍のスピードで同じ範囲の勉強を終わらせ、教科書も1度読めば全て理解していた。

 4つ、図太い。勉強はできるのに、授業に出ない理由を聞いてみた。
「先生、説明ってまどろっこしいくて、わからなくはないけど1人でやった方が早いんだもん」
 以前から思っていたけど気概があるように感じていた。だけど、彼女の神経は予想よりも遥かに肝が据わっている。記憶障害があっても平然としていられることにも納得がいく。

 5つ、常に監視されている。この前、僕を取り押さえた黒服たちは彼女のSPだった(風無家のトラブルとして公にしないために、学校の花壇を隠密に修繕したのもこの人たちだ)。大企業の令嬢であるが故に誘拐事件などの類に巻き込まれかねない。そのうえ、記憶障害や能天気な性格が原因で先日のようなトラブルも起きかねない。でも、常に見張られているわけではない。四六時中くっついていれば、彼女が大企業の娘だと気づく人も出てくるだろう。だから、彼女にはピアス型の発信機と盗聴器を身につけている。

 6つ、思いの外優しい。1年の後輩を庇ったことや、花壇の修繕を率先して行ったところを見ると、他人に興味がないように思っていたことは勘違だった。他にも、木から降りられなくなった子猫を助けようと自分も登り、重い荷物を持って立ち往生している老人に手を差し伸べるなど、慈愛に満ちた性格が垣間見えた。

 7つ、実は遠慮深く、孤独な人。以前より関わるようになったが、彼女は人前だと話しかけてこない。僕も口達者な方ではないので、勉強などの口実がないとなんて声をかけていいかわからない。よく一緒にいる龍也は、僕らの関係が変わったことに気づいているが、側から見たら変化が起きたようには見えないだろう。人前だと会話がない理由を聞いてみると、「だって、迷惑でしょ。私みたいな面倒なものを持っている人と仲がいいなんて周りに知られたら」と言った。僕は親しい友人は殆どいないから人目など気にしないと言ったのだが。
 ノートを人前であまり開かないのも、それが発端となって周囲に記憶障害のことが知れ渡ることを危惧している。自分が恥ずかしいからではなく、父親に迷惑がかかるからと。だから、見られないように後ろ手や腕で隠して書いているらしい。流石に、どうしても読まないと思い出せないときは人前でも開くようだけど。

 彼女のことを知っていくたびに僕の心は高鳴っていく。その理由もわからないのに、同時にこんな思いも抱いた。

 同じくらい僕のことを覚えてほしい(知ってほしい)と。