「せっかくだし、あの子の学校生活を教えてはくれないか?」

「はい…」

 風無さんの学校生活なんて言えるはずがない。普段の彼女の様子を頭に思う浮かべらと、とてもじゃないが財閥のお嬢さまがとるような言動ではない。どうするべきかとを抱える。

「そんな風に悩まなくていいんだ。どうせ、素行は良くないのだろ?」

「えっ、いや…」

「それでいいんだ。あの子が健やかな生活を送れていれば」

「そうですか?」

 この人は、彼女の普段の行いを把握しているみたいだ。

 それを野放しにしているのも、問題だと思う。

 そんな風に考えていると、鼻歌を歌いながら、風無さんがやってきた。あっ、お父さんじゃない方の。後ろには大川さんが付き添っていた。

 彼女は僕らを見た瞬間、少しだけ戸惑った様子を見せる。

「あなたたちだれ?」

 今度はこちらが困惑する。彼女は僕どころか父親のことも誰だかわからなくっていた。

「旦那様とお嬢様のご友人でございます」

 大川さんが補足するように申し立てると、彼女は先輩たちと揉めたときにも出したノートを開く。

 しばらく眺めていると、「あー、そっか。私が連れてきたんだ」と呟いた。

「パパ?この子と2人で話したいから。もう部屋から出て」

 なぜか彼女は父親のことを疑問形で呼んだ。

 風無さんのお父さんは少し寂しそうな雰囲気を滲ませながら、「邪魔して悪かったね」と簡素な返事をしてテラスから出ていく。

 彼女は先ほどまで父親が座っていた椅子に座り、僕に目を向ける。

「パパと何話していたの?」

 父親との会話の内容を聞かれたが、僕はそんなことより彼女のさっきまでの言動が腑に落ちない。

 だが、彼女の様子からだいたいの予想がついてしまった。傷つけずにそのことを聞くすべがわからず、口籠る。

「えっと、あの…」

「もしかして、私が記憶障害持ちなこと。話してなかった?」

 なんてことないように話すが、僕の予想通り風無さんは記憶障害者だった。

 おそらく新しい知識や記憶を忘れる『前向性健忘』に近い記憶障害なのだろう。

 僕や父親のことを忘れたり、ノートを見るのは忘れないように常にメモ書きなどをしているからだ。

「ごめんね。だったら、私の意味不明な行動に困惑したでしょ」

「何で、そんな風にいられるんだ。君は?」

 こんなことクラスメイトでしかない僕に気安く打ち明けていいことじゃない。だが、彼女は自分の記憶障害をあまり重く考えていないようだった。

 彼女は僕を見つめながら、「だって。真剣に悩んだって、そのことも忘れちゃうもん」と答える。

「そうだ。君の名前聞いたっけ?」

「いや」

「じゃあ、ここに書いて」

 ノートをペンを僕に向けて、書く書くように促す。ノートにはびっしり文字が連なっていた。

 ペンを受け取り、空白な箇所に喜録 歩と綴った。

「喜録 歩くんか。素敵な名前」
 
 僕の名前を見ながら微笑む彼女。

 なぜだか、僕の胸は目に見えない何かに鷲掴みされたように苦しくなった。

「私、歩くんのこといっぱい憶えていられるようにするから。まあ、遊びにきてね。学校でも仲良くしてね」

 珍しい事に素直じゃない僕は黙って頷いた。

 僕は今日、龍也以外に初めて友人というものができた。