え、と。私の言葉が出るより先に、桃葉くんに手首をぐっと掴まれた。
「……なんで俺といるのに、水羽の話ばっかすんの?」
初めて触れた桃葉くんの手のひらは、思ったよりずっと男の子だ。
ぎゅっと掴まれた手の力は思いのほか強くて、いつも見て描いていただけの彼の細い指先や角張った手の節が私に触れて、つかんで離さない。こんな時に不謹慎だけれど──どうしよう、胸の鼓動がはやくて、くるしい。
「え、と、」
「春咲さんって、俺のことが好きなんじゃないの」
「ず、随分余裕だね桃葉くん」
「これが余裕に見える?」
「わたしは桃葉くんの余裕さにつけ込みたいよ」
「……なんでそんなに素直なの?」
「素直って……」
「春咲さん……紡ちゃんは、俺だけ見てればいいよ」
あ、ダメだ。やられた、もう後には戻れない。
突然呼ばれた下の名前に、真っ直ぐ下から覗き込んでくるような視線。そんなのずるい、頬が熱くなるのも、鼓動がはやくなるのも、ぎゅっと唇を結んで何も言えなくなってしまうのも、ぜんぶ桃葉くんのせいだよ。
七原桃葉くんの顔ファン兼、専用絵描き兼、彼女、になりたいよ、桃葉くん。
「どうして突然、下の名前で呼ぶの、桃葉くん、」
「紡ちゃんは俺のこと“桃葉くん”って呼ぶし、……水羽も“春咲さん”って呼んでたから」
「なにそれ、そんなこと?」
「それに、ずっといい名前だなって思ってた、つむぐ、って」
「そう、かな」
すっと私から手を離すと、「痛かった? ごめん」と言う。いつだって桃葉くんの声や言葉は冷静で、余裕たっぷりで、なんだかずるい。私は桃葉くんの言動ひとつひとつにやられているのに。
桃葉くん、わたし、きみの余裕さに漬け込みたいよ。



