「昨日、妻の友人が結婚したらしくて旦那さんも家に呼んで祝ったんですよ。
それで浮かれて飲み過ぎちゃって…。」
二日酔いの同僚が薬を飲みながら話す。
「そりゃ、めでたいな。
でも、今日仕事って分かってただろ?
なんで自重できないんだよ…。」
社員食堂のカレーを食べながら聞けば苦笑いを返される。
「今日遅出で本当に良かったです。
朝は頭痛すぎて動けなかったくらいで…。
あぁ でも、奥さんがすげぇ可愛かったんです!確か…詩織さんって言う名前だったかな?妻が自分の事かのように近所の友人達に自慢してましたよ。」
酔ったから記憶が曖昧なのか、首を傾げて言う同僚から聞き馴染みのあった名前が聞こえた。
「…詩織? それって村井 詩織か?」
「確か旧名はそうでしたけど…松本さん知ってるんですか?」
「あ〜…まぁな。」
「へぇ…世間って狭いですね〜。」
特に気にする様子もなく「お先です。」と言って食堂を去っていった同僚を目で追いかけた。
いつも弁当の奴が珍しく食堂を使ってたから奥さんと喧嘩したか、寝坊したかと思って近ずいたのに…とんでもない事を聞いてしまった。
村井 詩織。それは、10年前に実家を継ぐため退職した友人が愛した人の名だ。
まさか、1年前に移動してきた佐藤からそんな情報が出てくるなんて思ってもいなかった。
いや、まぁ…内容としては対して驚く様な話でもないだろう。
10年も経っていれば昔の恋愛は消えて新しい道を進んで行くものだ。
現にその友人は退職後に婚約者と結婚して今年で9歳になる子どももいる。
だから、驚く様な話でもない。
それは分かっているのだが…。
「これは彼奴にも言った方が…いいのか?」
今でも酒を交わせば出てくる詩織と言う女の名前。
話からしても、俺の友人がその女を今でも愛しているのは明白だった。
しかも、酔った時に口走った言葉は一切覚えていないのがタチが悪い。
だからこそ、言うべきか、言わないべきかを迷う内容なのだ。
あいつの為を思うなら言った方が良いのだろう。
そろそろあいつも彼女と同じく前を向くべきだ。
それにあいつは息子もいる。
奥さんは事情も知っているし、理解しているらしいが 子どもに取っては家族3人で出掛ける事が少ないのも良くはないだろう。
アイツが子どもを愛しているのは俺だって見ていれば分かるし、奥さんの事も大事にしてるのは知っている。
アイツの性格上、このまま詩織さんの事を俺が話さなくとも、話したとしても子どもが成人したら、恐らく事情は話すのだろう。
アイツ子どもが俺に『家族で遊びに行かない理由』を聞いてくるあたりそれは間違いない。
アイツはそろそろ自分の家族を見るべきだ。
それは、分かっているんだが…。
このまま話さずにいてやりたい自分もいて…言うとなると口篭る自分が目に見えている。
友人を想うが故に、どちらを撰ぶべきか決められず、2ヶ月が過ぎてしまった。
「…詩織が結婚したみたいなんだ。」
だから予想外だった。友人本人から直接その言葉を聞いたのは。
「はっ? えっ、その話いつ知ったんだよ」
「2週間前だよ、自分で言うのもなんだけど、顔は広い方だからね。」
「…そう言えばそうだったな…。」
「…だから、会ってきた。」
「…はっ!? ちょっ、会ってきた!?」
「あぁ、いや、直接あった訳じゃない。
見てきた…の方が正しいかな。」
笑って言っているつもりなのだろうが、傷付いた顔をしている。
それ以上の言葉は言わずとも分かった。
幸せそうだったのだろう。それを見て会う前に帰ってきてしまったのだろう。
「…そうか…。」
「自分から振ったくせに、嫌なんだ。
彼女の隣に立っている男が、僕以外の人間だなんて…それを自覚して逃げ帰ってきた。」
我ながらかっこ悪いと言って笑う友人が今にも消えてしまいそうで…知らずに暮らせていた方が幸せだったのではないだろうかと思ってしまった。
本当は今日、自分からその話をしようとしていたというのに。
「彼女の為にも、自分の為にも、もう彼女には会わない。元々そのつもりだったけど、最近やっとそう決断出来た。
これからは、妻と尚の事をちゃんと考えようと思う。」
「…そうか。」
友人は泣きそうになりながらも少し、吹っ切れたような、そんな顔をしていた。
決めたら聞かない奴だ、もう この先どんな選択をしたとしても、詩織さんと坂谷が会う事はないのだろう。
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