「…それではお話は予定通り進める…という事で…。」

「はい、大貴さん これからよろしくお願いします。」

「いえ、こちらこそ。」

就職をして10年が経過した。
3年前の秋、私は親の紹介で大貴さんと出会った。

当時は『愛する人がいるのでこのお話はお受けできません。』と話したのだが、大貴さんは『それでも構わない』と承諾してくれた。

それから会う頻度は多くはなかったけれど3年の月日を過ごし、大貴さんと結婚に至る事となった。

しかし、私達の間には恋愛の関係はない。
大貴さんもまた、形は違えど私と同じ人だった。

叶わぬ誰かを愛し続ける事を誓った人
私達は想いも思考も似過ぎていて、互いを恋愛面として見る事は出来ない。

だからこそ、傍に居ると安心出来る相手、この人となら同じ人生を共に出来ると思った。
傍から見たら私達のこの関係は理解出来ないのかもしれない。
でも、大貴さんも私もお互いの想い人以外の人を愛する事なんて出来ないから…。

「詩織さんの想い人はどんな人なんですか?」

「とても優しくて、残酷な人です。
彼と私は10歳近く離れていて、彼は既婚者でした。既婚者という事は出会った頃から知っていたんですけど、どうしても気持ちを抑えられなくて…。
彼は『愛してる』と言ってくれるんですが、
私の気持ちを分かった上で、平然と奥さんの話をする人で…。」

思い出すのは別れを告げられたあの日の事で…悪夢として現れることもあるくらいで…。

「確かに、残酷な人ですね。」

少し困った様に掠れ声で笑う大貴さんは自分の想い人を思い出しているのか、視線を下に向けていた。

「大貴さんの愛する人はどんな人なんですか?」

今までお互いの好きな人の事を話すことは無かった。
でも、結婚を控えた間柄となったからか 次第に話すようになっていった。

「そう、ですね…俺の好きな人は腹違いの姉なんですよ。お互い、腹違いの姉弟がいるってことは知ってたんですけど気付かなくて、俺達は恋人同士になったんです。
無邪気で明るくて、年上とは思えないくらい可愛い人で…。お互いが腹違いの姉弟だと知ったのは彼女と交際をして3年がたった頃でした。」

眉を下げて笑う大貴さんは今にも泣きそうな顔をしていて、今でもその人の事を思っている事が痛いほど伝わって…私まで彼を想い治まった目頭が熱を帯びた。

「俺達は真実を聞いて、1度は別れることを決断したんです。それでも、お互いを忘れる事なんて出来なくて、また関係が戻りました。家族からも周りからも責められても俺達は一緒に居ることをえらんだんです。
でも、彼女には負担が大き過ぎたんでしょう…自殺を計ったみたいで救急車に運ばれました。」

その後の大貴さんの行動は交際を初めて2年くらいの頃、お酒で酔った大貴さんにうっすらと聞いた。

その日を境に大貴さんは、彼女と会う事を辞め、北海道から此方へ移住して来たのだ。

もう、彼女とは会わないと心に決めて…。

「彼女と会ってしまえば、愛さずには居られなくなってしまうので…。
心の何処かで、離れてしまえばいつかは忘れるんだろうと期待してたんだと思います。
でも現実は10年も経った今でも変わらなくて…。」

「だから、身内だけの式を?」

「はい…親に頼んで俺が結婚した後にさり気なく伝えてもらう事になってます。」

「そうだったんですね…。
私は友人の旦那さんが彼の元で働いているらしくて…伝わるとしたら、そこからだと思います。」

「そうなんですね…。
行けませんね。もう会わないと決めたのに、思い出すだけでも会いたくなります。」

「本当に…恋や愛って厄介なものですね。」

涙を流しながらお互いの相手を教え合った夜、形だけの愛を交わして埋まることの無い穴を慰めあった。

私と大貴さんは1ヶ月後、身内だけの式を挙げる。