「…ごめんなさい、私 愛している人がいるんです。私はきっとその人以外の人は愛せない…だから、貴方とお付き合いする事はできません。」
就職をして、7年が経った。
家族も、いい人はいないの?と結婚の話が多くなって…。
社内でも同世代の人達から結婚式の招待状が来たり、結婚の報告を聞く事が多くなった。
会社の友人や学生時代の友人の殆どは結婚をしていて…夫、妻に浮気をされて別れた…。そんな話を友人から聞いては、あの人の事を思い出して罪悪感を抱き、それでも消えないあの人へ感情を自覚して涙を流した。
会いたい…。会いたくない…。
声が聞きたい…。私の名前を呼んで欲しい…。抱きしめて欲しい…。
色んな想いが積み重なって、押し潰されそうになって…その度に声が…涙が枯れるまで泣いて、その度に彼を忘れようと思った。
でも、それが出来なくて…その日々が何度も何度も繰り返される。
唯一彼との関係を話した友人も、3年前に旦那さんの他県への出張で一緒に行ってしまい、なかなか会うことが出来なくなってしまった。
「…坂谷さん、元気かな…。」
告白をされては同じ理由で断って、彼の事を思い出す。
そんな事を繰り返していれば、当然噂と言うのは広まるもので、『相手は既婚者』だとか『相手は同性』だとか『相手はもう亡くなられてる』そんな噂が回るようになった。
噂聞いて私を遠巻きにする人もいて、同情する人もいて、私はそれを気付かないふりをしてやり過ごす日常が息苦しくなって来た。
そんな時、引っ越してしまった友人に誘われて、彼女の住む場所へ有給を借りて遊びに行った。
久しぶりに会う友人は5歳の息子君を連れて駅まで迎えに来てくれた。
「蓮翔(れんと)君、大きくなったね!」
「最近 裕翔(ひろと)を真似してやんちゃばっかりして困ってるの。」
困ったように笑う彼女の姿が微笑ましくも、羨ましかった。
「裕翔君は今日来てないの?」
「お義母さんが面倒見てくれてるの。
蓮翔もって言ってくれたんだけど、私と行くって聞かなくて…ごめんね?」
「ううん、私も会いたかったから嬉しいよ。
裕翔君も7歳になるんだよね。」
「うん、そう言えば仕事はどう? 順調?」
「…やり甲斐はあるんだけど、噂がね…。」
「…そっか…やっぱり、今でも忘れられない?」
「うん、きっと…これからも 忘れられないんだと思う…。」
私は彼の、ただの愛人でそれ以上も以下でも何でもなかった。
奥さんとまでは行かなくても、彼は私を愛してくれた。
それが嬉しいのに、悲しくて、辛くて、そんな気持ちに気付かない振りをして…。
「ママ!アイスクリームたべたい!」
手を繋いでいない手で蓮翔君がアイスのお店を指さす。
「ダメ、今食べたらお昼食べられないでしょ?」
お昼ご飯食べたらそのお店で甘いもの食べていいから今は我慢しなさい。
そう言って蓮翔君を説得する。
少し、ホッとした。滅多に会えなくなってから、彼女は毎回私に同じ質問をしてくるようになった。
それが心配だからだと知ってはいても、気まずくはなってしまうし、苦しくもなってしまうから…。
「パパ、あっち行きたい!」
家族ぐるみが多いショッピングモール。
そんな声が聞こえても、可笑しくはない。
隣ではグズる蓮翔君をあやす友人もいる。
それなのに、まるでその声だけをくり抜いたかのように、はっきり聞こえた次の声に思わず視線を向けてしまった。
「尚、走ったら危ないよ。」
低くて、甘くて、落ち着いていて優しい声。
よく知っている…いや、良く聞いていた声だった。
「坂谷…さん?」
ポツリと呟いたその声の後に目に映ったのは、正しく私が愛している人で…。
彼に似た幼い子どもと手を繋いでいた。
幼い子どもは蓮翔君と同じ4、5歳くらい男の子で…彼と本当によく似ていて…。
彼は優しい顔をして男の子を見つめていた。
「…坂谷さんの…。」
愛する妻との子どもにはそんな表情を見せるんですね…。
見たことも無い彼の表情にザワザワと胸が騒ぐ。
あぁ、ダメだ…ダメだ…。
此処にいたら…ダメだっ…。
「…どう…。」
「ごめん、ちょっと お手洗いに行ってくる。」
心配そうに見つめているであろう友人にそう告げて、早足でその場を離れた。
どす黒い感情がフツフツと湧き上がる。
どうして?なんで? その視線の先が私との子どもじゃないの?
分かってる。知ってる。理解してる…。
彼は私を愛してくれていた…でも、その愛は奥さんには叶わなかった。ただそれだけ…。
幸せそうだった…。
それを知れただけで充分じゃない。
元気そうで良かったじゃない。
だけど…でも…こんな感情を抱くなら…
「見なければ良かったっ…。」
胸が苦しい、痛い…。
どうして感情を制御出来ないものなのだろうか?
役者達はどうやって涙を抑えたり、涙を流したりする事ができるのだろう。
私にもそんな技術が持てたなら、幸せそうな彼を見ても気にせず通り過ぎるくらいの時間を作れたのだろうか…。
ないものねだりにも程がある。
それでも、願わずにはいられなかった。
永遠の愛という名の楔に囚われて、会えない人を想い続ける事はこんなにも苦しくて、辛いなんて知りもしなかった。
漫画や小説、ロマンス映画の物語を見て涙を流して、胸を苦しめても 今以上に痛くなることはなくて…思い出しては泣いて、想い続けては泣いて…。
それでも、彼と愛し合った事への後悔なんて出来なくて…。
そろそろ新しい恋を…なんて周りは簡単に言うけれど、彼以上に想える人なんていなくて…。
このまま、叶いもしない愛を持ち続けて一生を過ごす覚悟は出来ていたはずなのに…。
現実はなんでこんなにも上手くいってくれないんだろう…。
それから約3ヶ月後、私は親の紹介でお見合いをする事になった。


