「あっ、松田さんでしたか…、実をいうと、死んだ親父はマンガの他にもJAZZも好きでね、子供の頃からよく聴かされてて…、これは『ジョー・パス』というギタリストの『The shadow of your smile』という曲で、親父が好きだったものが全て嫌いだったおふくろが唯一好きだった曲なんでね、子供の時おふくろがよく聴いてたんです…」
「君の笑顔の影…」
「そう。ジャズの名曲で、『いそしぎ』という曲が登場した映画から生まれた訳があるんですが直訳するといまいち詩的じゃない。…それで僕、この曲の題名『The shadow of your eyes』のほうがいいなと想ってて…」
「『君の瞳の影』…?」
「人が哀しみを経験して成熟すると瞳の奥底に影が出来ると僕は想うんです」
青年は彼女に語った。
確かに青年の瞳には憂いを帯びた暗い影があり、それは彼が病魔に冒されているだけでなく、人生の不条理に晒され続けてきた者だけが持つ哀愁(あいしゅう)のようだった。
それはそうと、青年は創作に懸ける熱い想いを看護師が受け入れてくれていることに感謝し、看護婦も執筆に夢中になる青年を看護する事が徐々に生き甲斐となっていった。
青年は明るくほがらかで一途に彼の命を救おうとする松田美奈に心を許し、松田もまた死の暗い影を背負い孤独に創作に明け暮れる西雅雄という癌で急速に死に近づいている青年に想いを寄せた。元来磁石のS極とN極が引き寄せ合うに正反対の二人は惹かれあったのである。
そして青年は彼女が血圧や脈を測ってくれるだけで満ち足りた気分になるようになったし、彼女もただ青年が文献をパラパラとめくり、ペンにインクをつけて小気味よく紙にはしらせる、その傍(かたわ)らにいるだけでなんとなく幸せな心地になっていった。
そんなある日青年の病室を老医が訪れ、
「痛みは強くなってないかな?強くなっているならモルヒネを更に増やすが…」
と尋ねた。青年はついこないだまで身体の疼痛を訴えモルヒネの投与量が日に日に多くなっていたのだが、その時青年は、
「先生、それが最近痛みをあまり感じないんですよ」
と快調そうに語り、老医は驚いた。
その時、偶然若き看護師が病室を訪れたのだが、その時、
「松田さんっ、いやっ、看護婦さん…」
と羞ずかしげに言い直してほころんだ青年と彼女の表情をみて、老医は『やれやれ』と小さく呟き、
「若いっていいね」
と言い残すと病室を去って行った。
かくして青年と彼女は看護と執筆を続けながら穏やかな幸せを育んだ。
この時、二人は恋人のように親密に寄り添っていたが患者と看護師としての仲をこえるものでも決してなかった。
そして二人にはそんな距離感が心地よかったが、それ以上の関係になることもそれ以下の関係になる事も恐れていた。
「君の笑顔の影…」
「そう。ジャズの名曲で、『いそしぎ』という曲が登場した映画から生まれた訳があるんですが直訳するといまいち詩的じゃない。…それで僕、この曲の題名『The shadow of your eyes』のほうがいいなと想ってて…」
「『君の瞳の影』…?」
「人が哀しみを経験して成熟すると瞳の奥底に影が出来ると僕は想うんです」
青年は彼女に語った。
確かに青年の瞳には憂いを帯びた暗い影があり、それは彼が病魔に冒されているだけでなく、人生の不条理に晒され続けてきた者だけが持つ哀愁(あいしゅう)のようだった。
それはそうと、青年は創作に懸ける熱い想いを看護師が受け入れてくれていることに感謝し、看護婦も執筆に夢中になる青年を看護する事が徐々に生き甲斐となっていった。
青年は明るくほがらかで一途に彼の命を救おうとする松田美奈に心を許し、松田もまた死の暗い影を背負い孤独に創作に明け暮れる西雅雄という癌で急速に死に近づいている青年に想いを寄せた。元来磁石のS極とN極が引き寄せ合うに正反対の二人は惹かれあったのである。
そして青年は彼女が血圧や脈を測ってくれるだけで満ち足りた気分になるようになったし、彼女もただ青年が文献をパラパラとめくり、ペンにインクをつけて小気味よく紙にはしらせる、その傍(かたわ)らにいるだけでなんとなく幸せな心地になっていった。
そんなある日青年の病室を老医が訪れ、
「痛みは強くなってないかな?強くなっているならモルヒネを更に増やすが…」
と尋ねた。青年はついこないだまで身体の疼痛を訴えモルヒネの投与量が日に日に多くなっていたのだが、その時青年は、
「先生、それが最近痛みをあまり感じないんですよ」
と快調そうに語り、老医は驚いた。
その時、偶然若き看護師が病室を訪れたのだが、その時、
「松田さんっ、いやっ、看護婦さん…」
と羞ずかしげに言い直してほころんだ青年と彼女の表情をみて、老医は『やれやれ』と小さく呟き、
「若いっていいね」
と言い残すと病室を去って行った。
かくして青年と彼女は看護と執筆を続けながら穏やかな幸せを育んだ。
この時、二人は恋人のように親密に寄り添っていたが患者と看護師としての仲をこえるものでも決してなかった。
そして二人にはそんな距離感が心地よかったが、それ以上の関係になることもそれ以下の関係になる事も恐れていた。



