「とは言ってもいつも最終選考止まりで賞をとった事ないんですけどね…」
とはにかんだように頭を掻くと、
「僕はもうどうせ死ぬんだと思って無茶してたんですけどね。僕みたいなろくでなしでも一生懸命庇(かば)ってくれる看護婦さんみてたら俺もなにかやらなくちゃって、それで最期にもう一作書いてみようと想ったんです…」
と羞(は)ずかしそうに語った。
いつもは飄々(ひょうひょう)としているのだが珍しく動揺していた青年に若き看護師は、
「作品愉しみにしています」
と、優しく応えた。夏の終わり、暑気(しょき)が和らぎ、その隙間を縫って涼しい風が窓から病室へ流れた。蜩(ひぐらし)が鳴いた。

この一連の出来事は、死の運命にある青年が若き看護師に厚い信頼を寄せ、看護師もまた青年に心を許すようになる、いわば二人の信頼関係と淡い想いの萌芽(ほうが)だった。
◇◇◇◇◇◇◇
慈愛に満ちた看護師の言葉と行為は彼を放蕩(ほうとう)から現実へと呼び醒まし、小説の執筆と賞の応募へと導いた。看護師にとっても逃れられぬ死を受け入れながら創作に打ち込み懸命に生きる青年は、同情と同時に尊敬の対象ともなった。
だが仄(ほの)かに惹かれあう二人がより想いを寄せるには、互いを深く知ることが必要だった。

そんなある日、
「あの患者さん変わったわね!やるじゃないの…」
師長から若き看護師は声を掛けられた。
「はい、ただ心のケアが…。私に出来る事ってなんだろうって…」
自信なさげに応えた彼女に、
「あの患者さんまだ若いからね、教科書通りも大事だけど、純粋にあの人の心に寄り添ってあげるの。あなたなら出来る!頑張って!」
「はい、頑張ります!」
師長のアドバイスは心に染みたようだった。

それから数日後の事である。執筆作業をしている青年に、
「あの、こんな事訊くのもなんなんですけど…、どうして作家になりたいんですか?」
看護師は問いかけた。
「どうしてねえ…?」
青年は自分にも問いかけるように呟(つぶや)いたが、
「僕片親に育てられたんですけど亡くなった親父が国語教師でね…。家には小説やら研究書やらが山のように溢(あふ)れていたんです。
で、僕の親父も本当は国語を教えるんじゃなくて自身が作家になりたかったんです。…だけど家庭の事情でそうも言ってられなくて食ってくために教師になったから…。