君の瞳の影~The Shadow Of Your Eyes~

それから間もなく病棟にストレッチャーの車輪の音が鳴り響き、看護師達によって苦しそうな青年は病室に運び込まれ、看護師長と共に老医が駆けつけた。
やはり彼が無心に小説を執筆していた間も、病魔は着実に彼の身体を蝕んでいたのだ。
「いかんなショックだ、DOA(ドーパミン)をγ(ガンマ)3で流して」
老医はすぐさま点滴(ライン)を確保して昇圧剤を投与し、病衣へ着替えさせられた青年は師長の指示で心電図から心拍数モニター、そして酸素マスクと酸素飽和度(サチュレーション)モニターを接続された。
それからしばらくして青年の安静を確認した老医と師長は看護師達と病室を後にしようとしたが、ふと、白衣に着替える間もなく病室の隅で小さく震えながら一部始終を見つめていた彼女を見て、去り際に目配せし、
「ちょっと…」
と彼女を病室の外に呼び出した。
「しっかりするのよ…」
「あの青年は長くない。そばにいてやれ…」
そう、優しく小声で語ると師長と老いた医師は静かに立ち去った。

病室に戻った看護師は胸元に組んだ青年の両手を握りしめながら、懸命になにかを言いたそうにしている青年の口元に耳を寄せ、その声を必死に聞き取ろうとする。
「看…護…婦…さん…」
病にやつれながらかすれ声で青年は語る。
彼女は青年の手をより強く握りしめ、かすかな言葉を必死に聞き取ろうとした。

「俺…、死ん…だら…、君の…瞳の…影…に…なる…」

「もう…そういうところが…バカなんだから…」
声を詰まらせながら彼女は応えた。青年の頬に彼女の澄んだ瞳の奥から滴(したた)る涙が零(こぼ)れた。

それから数日後青年は息を引き取った。
彼女の瞳が、青年の作品の賞の行方を見届けた結果は知る由もない。
ただ彼女の光をたたえ澄みわたった瞳の奥に宿した影、少なくともそれが応えとなろう。