君の瞳の影~The Shadow Of Your Eyes~

『俺はもうやり遂げた。賞の事はもうどうでもいい。俺が死んでも彼女が幸せになりますように…』
青年は彼女の幸せを願い、
『私の命が半分になっても、あと一年になったっていい…。だから彼を長生きさせて…』
彼女は青年の命永からんことを願った。
想いを寄せあう二人のいと清らかなることよ。
こうして二人が参拝の後、鳥居をくぐり階段を降りようとしたその時である。
「あっ…!」
石段に躓(つまづ)き、倒れかかった彼女を青年の両手が優しく抱きかかえたのである。
少し頼りないが暖かく優しい感触だった。

そしてふと憂いの影を秘めた青年の眼(まなこ)と、穢(けが)れ無く澄み渡った彼女の瞳が見つめあう。
彼の瞳が潤(うる)みゆっくりと一粒の涙が頬を伝った。
「なんで泣くの…?…バカ…」
溢れる涙から何かを悟ったかのように、優しく瞳を閉じた彼女もまた涙を流していた…。

…そして二人はそっと口づけした。
彼女の身体を青年のなにかが流れた。

樹木(きぎ)から散る紅葉(こうよう)が儚く舞い、沈みかかった淡い夕日が祝福するように二人を照らした。
◇◇◇◇◇◇◇
その後二人はお互いを支え合い、連理(れんり)の枝(えだ)のように病院への帰途についたが、
「俺、化学療法受けてみようと想って…。」
その途中、青年は決意したように語りかけ、
「えっ…。本当ですか…?よかった…」
彼女は透んだ瞳に涙を溜め、溢れるよろこびを隠しきれない様子だった。
そして終着に差し掛かろうとした頃の事。
「一服したいんだけど…」
彼女がコクリと頷(うなず)くと、青年は自販機に立ち寄り、病院の近くにある落ち葉舞い散る紅葉(こうよう)の樹木に囲まれたいつもの公園で、彼女はブランコに座りながらお茶を呑み、青年が缶珈琲(コーヒー)を手に立ち尽くし紫煙をくゆらせる様子を幸せそうに眺めていた。
こうした穏やかな幸せは永遠に続くように彼女には感じられた。
だがその時である。
青年が手にしていた缶珈琲を地に落とすと朦朧(もうろう)としたようにふらつき、膝をつくと力無く崩れ落ちたのである。
落ち葉に彩(いろど)られた地に崩れ落ちる青年と、飛び散り地を這う珈琲がアニメーションのコマ送りの様に彼女の目に鮮明に焼きついた。