「菜月ちゃん可愛い」
更科先輩は当たり前のように言った。その言葉を、できるだけ直視しないように目の前のアイスクリームに噛り付いた。
本気だと思ってはいけない。それでも、あまりにも優しい言葉で絆すから、勘違いが加速しそうになる。
一呼吸置いて、ちらりと隣を盗み見た。その束の間に、呆気なく視線がぶつかった。ずっと前からこちらを見つめていたらしい先輩に目が回る。
どうしてそんなに優しい顔ができるのだろう。それですら嘘だというのなら、私は一生その嘘に気付きたくない。
夏の日の閉めきられた美術室は、額にじっとりと汗をかいてしまうくらいに暑い。逸らせなくなった視線の先の先輩は、この暑さの中に居ても汗一つかかないから不思議だ。まるで、同じ人間じゃないみたいだと思った。
「あんま見つめると襲うよ」
「誰かに見つかりますよ」
「いっつもそれ言うね。でも、見つかったことないでしょ」
不敵に笑った先輩が、ゆるく私の前髪を撫でた。その湿った髪に触れて、小さく笑う。「暑いね」なんて言った。その声に「そうですね。でも先輩は暑くなさそう」と返事を返したら、「俺も暑くて溶けそうだ」って、もう一度笑った。たったそれだけの言葉で、すきが動いた。



