「せんぱ……」
「帰さねえ」
私の言葉を遮った先輩が、無表情のままに突き進んで行く。どこへ行くつもりなのかもわからないままに手を引かれて、黙ってついて行く以外の選択肢がない。
先輩はいつもと違って怖いくらいに何も話さなかった。
しばらく人気のない道を俯きながら歩いて、地面の先輩の影と、自分の影が重なっているのが見えた。影は寄り添って見えるのに、実際の私と先輩の距離は遠い、自嘲して前を見ると、先輩がマンションのエントランスを潜るところだった。
「ここ……」
「俺んち」
簡潔に答えを述べた先輩に心臓が飛び出そうになった。どうしてこんなことになっているのかわからない。わからないけれど、良くないことが起こりそうなことだけは理解できた。
「あの、私」
「帰さねえって」
エレベーター前で固まった私を呆気なく箱の中に引きこんだ先輩が、鮮やかに閉ボタンを押した。それに連動して綺麗に閉じるドアに逃げ場がなくなる。ただ好きだと伝えようとしていたはずなのに、どうしてこうなっているのかわからない。
混乱した思考の中で、先輩の横顔を見る。ここまでほとんど目が合っていない先輩の瞳は、苛立っているように見えた。



