翳踏み【完】


しばらくそのままでいると、いくつかのエンジン音が聞こえてくる。それに恐る恐る顔をあげて、その集団の中心に、私の良く知った明るい髪があるのを見つけた。こんな暗がりの中でも先輩が分かってしまう自分に苦笑して、それでも見つめることだけはやめられなかった。

先輩の居る集団の周りにはたくさんの人だかりができて、とうとう先輩が見えなくなる。本当に人気のある人なんだと思った。

中には同じ高校の人らしき女の子もたくさんいて、足が疎んだ。皆とっくに着替えを済ませて、きらびやかな服を着ている。その中でいつも通りに制服を着ている私は確実に浮いてしまうに決まっている。

近づくことすらできずに遠巻きに見つめている私は、結局いつもと変わらない。先輩がきまぐれに私の前に現れて、私の世界を変えてくれた。ただそれだけで、私は一度も自分から先輩に近づけないできた。

後悔したくない。きっとどんなに恥ずかしくても、どんなに憐れでも、どんなに惨めでも、この気持ちを伝えずに終わるより、ずっとましだ。

覚悟を決めて、ぐっと指先を握りしめた。こうして見ると、先輩は本当に遠い存在だと思う。私の隣で笑ってくれていたこと自体が奇跡だった。


一歩近づこうとして、後ろから誰かに腕を引かれた。その強さに小さく悲鳴が出る。振り返って、その先にいるのが楽間くんだと知った。安心して張りつめた肩を下ろそうとした束の間に、視界が楽間くんの胸でいっぱいになる。


「楽間、く」

「少し、じっとしてろ……。すぐ終わる」