翳踏み【完】

ありえない、と呟くわりに、視線は彼に釘付けになっている。皆そうだ。炎天下の中、彼は校門に向かって歩いている。まるでついさっきまで、馬鹿みたいに暑い美術室で、私を甘やかしていた人とは別の人みたいだ。

いつもは目を逸らして見ないようにしているくせに、運悪く探し当ててしまった彼の横顔からは目を逸らせない。諦めてじっと観察しているとふいに彼が顔をあげた。その先が私のクラスの窓を見つめたら、少し前まで彼の悪口を口遊んでいた女の子の声が止まる。

本当に、いい意味でも悪い意味でも、彼は人気者だった。


「え、更科先輩こっちみた、やば、イケメン」

「え、え、誰見てんだろ」


彼のすぐ隣を歩いている茶髪の男子生徒の腕が、彼の肩に回る。その途端に顔を顰めた彼に、笑いそうになる。私には、あんなに近づこうとするくせに、と心の中で呟いて、すぐに噛み潰した。

誰にもばれないようにと小さく微笑んだ唇は、あろうことか、彼に目撃された。ついさっきと同じように真っ直ぐに射抜かれて、呼吸がとまった。ゆっくりと瞬きした彼が、手をあげる。

まるで挨拶するようにこちらに手を振って、小さく笑った。それだけのことでクラスが色めき立つ。まるでアイドルみたいな反応をされている彼に苦く笑えた。