翳踏み【完】

昼の暖かな日差しに照らされた彼はゆっくりとその指先を動かして、その絵に触れようとしている。まるで、とても大切で、触れることさえも躊躇っているような指先だった。

それさえも演技なら、彼はとんでもない役者だ。

ゆっくりと私の頬を撫でる様に動く指先に、どうしようもなく動揺する。私が見ていると知っていてやっているのなら、本当に人の心を揺さぶるのが上手だ。

その指先が頬を滑り降りて私の唇に触れようとしたとき、見ているのも恥ずかしくなって後ずさると、すぐ後ろにあったらしい何かを踏んだ音がした。


「まだ誰かいんのか」


ここは私の活動場所だから、そんなに怖い声で問われるいわれはないはずなのに、見てはいけないものを見てしまったようで声に詰まる。そのまま返事もできないでいると痺れを切らしたように足音が近づいてくるのがわかった。


「あ、えと……、私、椎名、です……」


もうほとんどドアに近づいた足音に、小さく、喉の奥から声をひねり出した。ああ、もう、どうしてこう、もっと気の利いた言葉が言えないのだろう。

立ちどまった足音にどうしようもなく頭が混乱する。たぶん、見てはいけなかった、ような気がする。あまりにも神聖な指先だったから、きっと見てはいけなかった。でも、彼はゲーム感覚で私を使っているだけなのだろうし、見せつけられていたのかもしれない。

彼の本心何て私にはわからないから、結局動揺しているしかない。